AIには想像をはるかに超えたポテンシャルが備わっている
MoMAの大型パブリック・インスタレーション作品など、膨大なデータを素材にAIを駆使して新たなイメージや鑑賞体験をつくり出すデジタルアートの先駆者、レフィーク・アナドールさん。今回は、東京ミッドタウンで行われた資生堂の「Clé de Peau Beauté」とのコラボレーションによる『クレ・ド・ポー ボーテ×レフィーク・アナドール AIアート展』で、日本では初となる大型作品《UNSEEN INTELLIGENCE》を披露しました。AI、プロジェクション・マッピング、NFTといった最新のデジタルツールを用いて世界各地で作品を展開してきたアナドールさんに、今まさに社会に多大な影響や変化をもたらしているAIの状況や、デジタルツールとクリエイティビティ、日本への関心などについてお話を伺いました。
これまでAIの可能性について話してきましたが、もちろん、AIですべてが解決できるとは思っていません。でも、非常に有効なツールです。私のようにデジタルツールを使ってアートワークを制作する「AIアーティスト」は、ここ40年の中でも、まったく新しい世代と言えます。顔料や印刷機、映画が登場したときのように、AIは新しい時代の到来であり、新しいアートワークを生み出します。そしてそのようなアートワークの多くは、何世紀にもわたって生き残ることができると私は確信しています。
美術館にビデオアートが入りはじめたばかりの頃、「ビデオはアートなのか?」という議論がありましたし、今なおデジタルツール全般について懐疑的な人はいます。私もAIに関する懸念は尊重していますし、理解もしています。しかし、そういった考え方は因習にとらわれているとも言えます。メディアアートはMoMAのコレクションから始まり、ゆっくりと変化していますが、もはや無視することはできません。現在は、私のように多くの人々がデジタルツールを使って表現しています。ペンと紙でうまく絵を描くことはできませんが、コンピューターの操作やプログラミング、数学やアルゴリズムによって線を引く方法を知っています。私は今後増えてくる新しい世代のうちのひとりなのです。
この流れを受け入れる人もいれば、受け入れない人もいるでしょうが、オープンな状態でいることが大事だと思います。私はすべての芸術形式を尊重していますし、どれも同時に存在できると思っています。何も消える必要はありませんが、これからさらに多くの形式が出てくる可能性があります。それは数十年にわたって、常に起こってきたことですから。
カリフォルニアでは今、公立学校が教育システムを強化し、AIの導入を計画しています。不定期ではなく、恒常的に生徒が安全にAIと対話できるラボや場所を確保できるよう、助成金をつける動きがあって、私はアドバイザーのひとりとして参画しています。また、9年間、UCLAでも教えています。私の家族は教職者が多く、幼い頃から「学ぶこと」を学んできました。「知らない」とは言えませんでしたし、知らないことがあったら、それを学ばなければいけない状況で育ちました。私の人生における探究心、つまり「オタク度」は、家族の影響によるものです(笑)。
そうやって学んできたことを誰かに教えることは、控えめに言っても人類にお返しをする最良の方法のひとつだと思っています。そう考えると、私は学校であろうとアートであろうと常にパブリックな立場にいて、規模を問わず人類に恩返しをしようとしているのかもしれません。そもそも私は楽観主義者というよりは、明確なビジョンを持つ「ビジョナリーシンカー」だと自認しています。私が目を向けているのは、潜在能力や可能性であって、希望的観測ではありません。可能性からは、インスピレーション、喜び、そして希望が湧いてきます。
伝統的なアーティストの多くは、絵の具、インク、ブラシ、キャンバスなど、一定のツールを日々、何年も使っていますよね。考え方やつくるものは変わっても、ツールが変わることはほぼありません。しかし今の時代は、アイデアもツールもどちらも日々変化していて、AIアーティストならば、毎朝起きるたびに新しいツールと出会うのです。面倒に思う人もいるかもしれませんが、「学び方」を学べば、必要なものは何でも修得できます。そして学びたいことを学ぶことで、世界は信じられないほど想像力にあふれたものに変わっていくでしょう。
建築からは、いつもインスピレーションを受けています。日本の建築家で好きなのは、SANAA。彼らが手がけたドイツのデザインスクールの建築で、プロジェクション・マッピングのプロジェクトを行ったこともあります。それから伊東豊雄さんと安藤忠雄さんも、マイヒーロー的存在です。音楽方面では、坂本龍一さん。彼の音楽を聴きはじめて15年になりますが、アートワークを生み出すときは毎晩のように聴いています。
もし何か日本で新たにプロジェクトをやるとしたら......、どんどんアイデアが湧いてきますね。しいて3つに絞るとしたら、ひとつ目は、日本の伝統文化や伝統工芸が非常に素晴らしいと思っているので、日本の巨匠たちを紹介する展覧会をしたいですね。例えば墨ひとつとっても、職人技と呼べる非常に複雑な技術がありますよね。それぞれの分野のこうした技能は非常に重要ですし、自分がもっともリスペクトしていることのひとつでもあります。なので、展覧会を通じて巨匠の職人技を探求してみたいですね。
ふたつ目は、花や森、自然全般が大好きなので、日本の自然に関する何か......。アメリカには国立公園など、どこかまとまった場所に雄大な自然がありますが、日本は、あらゆるところに自然が存在しているように思います。例えば、ザ・リッツ・カールトン東京のエントランスの花のインスタレーションは、デザインの技巧が詰まっていて、ディティールの追求に信じられないほどの時間を費やしていることがわかります。言葉ではうまく言いあらわせないのですが、そういった文化的なところにも自然が深く根付いている印象を受けます。そして先ほども話した、建築も外せません。日本の建築からは非常に大きなインスピレーションをもらっているので、建築も深堀りしてみたい。日本の伝統文化、自然、建築、この3つの分野で、社会のために何をかつくり出せる機会があれば、ぜひ挑戦してみたいです。
アーティストとして、もっとも重要な瞬間をあげるとするなら、2014年に自分のスタジオを開設したことです。スタジオを持つことは、イスタンブールから渡米したときからの夢でした。UCLAを卒業した翌朝にスタジオを開いたんです。大きなリスクを伴う決断でしたが、最終的には自分の選択を信じました。
今、スタジオ開設から9年になりますが、20人のチームで、10か国の出身者が15の異なる言語を話しています。小さいながらも多様性に富むチームで、とても誇りに思っています。実際、私たちが手がける作品の規模からすると、とても小さなチームだと思います。しかし、ときには小さいグループの方が、多くの人がいるよりはるかに強力です。根本的なことが共有できるからです。私自身も、プロジェクトの進行、一つひとつの意思決定の内容、使用されているパラメータについて、など、全てについて把握している状態です。自分で写真を撮ったり、テキストを書いたり、どんな音楽を使うか、など細部まで入り込んでいます。
将来的には、科学で人類に貢献したいと思っています。具体的には、ウェルビーイングに溢れた社会づくりに貢献したい。その一環として、ロサンゼルスで、「Dataland」という美術館をオープンさせようとしています。この構想は長年に渡って、私たちチームのドリームプロジェクトで、10年後には、大きな花を咲かせる重要な取り組みになると確信しています。今はその旅路を探求しているところです。
撮影場所:『クレ・ド・ポー ボーテ×レフィーク・アナドール AIアート展「肌の知性」細胞がもつ神秘の力』(会場:東京ミッドタウン、会期:2023年6月28日〜7月2日)
取材を終えて......
長年、Instagramでアナドールさんチームが手がける壮大な作品群を見続けてきました。日本では技術的にも規模感的にも、作品の実現が難しいだろうなと勝手に思っていました。しかし、今回なんと六本木で作品が発表されるとのこと。「デザインとアートと街をつなぐ」という六本木未来会議のコンセプトにも通ずる、パブリックアートへの考え方や、屈託ないきらきらした目をしながら未来について語るアナドールさんの姿がとても印象的でした。Dataland構想の将来が今からとても楽しみです。(text_rumiko inoue)