AIには想像をはるかに超えたポテンシャルが備わっている
MoMAの大型パブリック・インスタレーション作品など、膨大なデータを素材にAIを駆使して新たなイメージや鑑賞体験をつくり出すデジタルアートの先駆者、レフィーク・アナドールさん。今回は、東京ミッドタウンで行われた資生堂の「Clé de Peau Beauté」とのコラボレーションによる『クレ・ド・ポー ボーテ×レフィーク・アナドール AIアート展』で、日本では初となる大型作品《UNSEEN INTELLIGENCE》を披露しました。AI、プロジェクション・マッピング、NFTといった最新のデジタルツールを用いて世界各地で作品を展開してきたアナドールさんに、今まさに社会に多大な影響や変化をもたらしているAIの状況や、デジタルツールとクリエイティビティ、日本への関心などについてお話を伺いました。
今回、Clé de Peau Beauté(クレ・ド・ポー ボーテ)とのコラボレーションによるアート展で発表した作品《UNSEEN INTELLIGENCE》は、プロジェクト全体に6カ月ほどの時間を要しました。通常、AIの構築だけでも3カ月程度かかりますし、MoMAで展示した作品には2年かけたことを考えれば、非常に短い制作期間でした。クレ・ド・ポー ボーテは素晴らしいブランドで、すでに高く評価されていますし、しかも、私たちにとっては日本ではじめての大規模な作品の発表ということで、日本の美学や気候などにも意識を向けました。短期間で新しい技術や美学をつくり出すことは容易ではないので、非常にチャレンジングな試みでした。
この作品では、私たちのチームとしてもこれまでやったことのない、まったく新しいコースティクス(光の表現)をつくり出しています。2008年に「データペインティング」という造語を提唱したのですが、私にとってデータとは常に光なんです。例えば、光ファイバーケーブルはデータを運びますよね。データはすべてつながっているものですが、データを「屈折」や「輝き」として審美的に捉えることは、私の中で新しいアイデアで、これまで試したことはありませんでした。だからこそこのプロジェクトを通して、形にしてみようと思ったんです。
作品で表現されている色はAIが導き出したもので、AIに輝きと屈折データを学習させることでつくっています。私たちではなく、AIが色を選ぶのです。もちろん、AI自体をコントロールはしていますが、そこに風のパターンという自然現象も組み込んで、未知の美しい色彩空間を生成しました。
現在、世界各地で恒久展示されている私たちの作品は、限定公開、一般公開を含め、《UNSUPERVISED》《MACHINE HALLUCINATION》《WDCH DREAMS》など19点ほどあります。主な展示場所はアメリカで、ニューヨーク、マイアミ、シカゴ、サンフランシスコなどです。私はパブリックアーティストとして活動していますが、最初は「ストリート」からスタートしました。今でも私のアートはストリートアートの延長線上にあると言えます。そういう点では、東京ミッドタウンのアトリウムのような、多くの人が行き交う公共の場で作品を見せることは、非常に重要な点だったといえます。
私は、パブリックアートはもっとも重要なアートの形式だと思っています。年齢やバックグラウンドの垣根を越えて、誰にとっても開かれたもので、みんなが目にしたり、触れたりできるものです。もちろん、すべての芸術形式や美術館にあるアートへのリスペクトもありますが、美術館のように壁や門に囲まれた施設の内側に展示された作品を鑑賞するには、必然的に選択が生じます。一方、パブリックスペースにアートがある場合、作品はみんなに対してオープンで、誰もが目にすることができる。障壁がなく、コミュニティに開かれているパブリックアートは、存在そのものが強力で揺るぎない。それは世界中どの場所でも同様です。
今朝、作品の展示会場で様子をうかがっていたのですが、次々に観客が展示エリアに入っていました。みんな、ふらっと、ただこの空間を通って見ていくのですが、それがまさにパブリックアートの力であり、開かれた場所に存在することの素晴らしさだな、と、あらためて感じました。
さまざまなAIツールが次々に開発され、AIが一般に普及していくことへの社会的な影響について、多くの議論がなされています。AIはこれまで登場してきたような単なるテクノロジーではありません。とても強力で、使い方を間違えると非常に危険なツールとなります。でも、危険うんぬんというよりは、ただただ強力なんです。私たちは、その力を、良いことにも、悪いことにも使うことができるのです。マイナス面にばかりフォーカスしてAIを拒絶したり、否定的な声があるのも事実ですが、私は懸念点よりも、AIの可能性や潜在能力の方がはるかに大きいと思います。「うまくいかないかもしれない」という恐れから、AIへの探求をやめるべきではないと思うのです。恐れや懸念は、わからないことに対して必ず起こるもの。反対に、AIについて知れば知るほど、問題ばかりを引き起こすツールだ、とは思わないようになるはずです。怖がる前に、AIについて学び、理解し、意識することがもっとも重要だと思います。
多くのクリエイターやアーティストにとって、AIはモチベーションや認知能力を高め、さらには学習、記憶、夢、想像力を高めてくれるものだと思います。すでに今、何百万もの人々が、AIによってより良いアイデアを生み出したり、よりスムーズに物事を実行できていると確信しています。AIはただそこに存在している、人類を映す鏡のようなものなのではないでしょうか。善人が取り扱うなら、良いものを生み出すでしょうし、悪人の手に渡ったら悪いことに利用される。使い手の意図にアウトプットが依存するということです。重要なのは、AIを使って何をしたいか、どうしたいのかということなのです。
私自身はAIにとても大きな期待を寄せています。AIのポテンシャルは、私たちが想像しうるものをはるかに超えていますし、この先、誰も想像しなかったような、現時点では名前も思いつかないような仕事を生み出してくれるはずです。その過程でいくつかの仕事は失われてしまうかもしれませんが、AIがもたらす価値は損失よりもはるかに大きいでしょう。うまく活用して、用途を拡大していけば、より安全でよりよい環境もつくり出すことができる。AIは私たちの安全を守る力を秘めているのです。
撮影場所:『クレ・ド・ポー ボーテ×レフィーク・アナドール AIアート展「肌の知性」細胞がもつ神秘の力』(会場:東京ミッドタウン、会期:2023年6月28日〜7月2日)