街に「誇り」をもたらすものづくりを。(武井)
長い時間軸のなかで繰り返す「リズム」を捉えてみる。(吉本)
吉本英樹自分のプロジェクトで記念碑的になっている作品が、デビュー作の《inaho》です。すでに発表から10年近く経ちますが、今年の六本木アートナイトでも展示があったりなど、いまだに褒めていただける作品です。こうしたインスタレーション作品も手掛けますが、最近は、まちづくりの相談など、もう少し長いタイムスパンの依頼もいただくようになってきました。
今、力を入れたいと思っている分野は、伝統工芸です。きっかけのひとつとなった案件が、高野山の恵光院という宿坊に制作した「月輪」という金箔の壁面アートです。スイートルームの床の間を飾る横幅7mほどの作品を、金沢の金箔ブランド、箔一さんと一緒につくりました。恵光院は1,200年もの歴史があるのですが、宿坊では数百年前の襖や調度品が、ショーケースに入れられることなく今も普通に使われているんですよ。仏教の時間の流れの緩やかさを実感するし、この作品ももしかしたら襖のように200年後、300年後も存在し続けるかもしれない。人間の寿命を超越した時間の流れで動いているものごとを、デザインやテクノロジーとかけ合わせたら新しい領域を生み出せる気がしています。
武井祥平僕はやっぱり「誇り」を生み出すことを意識してものづくりをしていて、東京オリンピック・パラリンピックの聖火台はまさに象徴的で、国を代表するようなものに携わらせてもらったこと自体が、ラッキーだったと思っています。あれだけ大きな、意味のあるものをつくる過程ではステークホルダーも当然多く、いろんな物事を慎重に進めていかなければなりませんでした。とにかく「これぞ日本」とか「日本でなければつくることができなかった」と思えるものにしたかったんです。もちろん、nendoさんのデザインの素晴らしさによるところが大きいのですが、ほかにも外装パネルにはトヨタさんの世界最大級のプレス機が使われていたりして、日本のものづくりの結晶といえるものになっています。そこに僕も、機構設計という立場で関われたことは、大きな経験となりました。
最近はエンジニアリングの技術的なお手伝いだけでなく、自分たちの表現を作品にする仕事も増えています。セイコーさんの「時計の捨象」シリーズは、スマホで時間を確認する人が多くなるなか、こうした手触り感のある機械が今なお存在していることの貴重さに注目した作品。時計が時間を刻む役割を忘れたとき、どういう振る舞いをして、どういう印象を醸し出すのかを想像して制作しました。嬉しかったのは、セイコーのエンジニアやデザイナーの方々が、「時計をつくり続けている我々には思いもつかなかった表現だ」と言ってくれたこと。彼らが気づかなかった時計の面白さや魅力、それこそ誇りにアプローチできたのかな、と個人的には思っています。
武井世界中の都市が似た印象になってきているのは、グローバリゼーションの流れとして必然なのかもしれませんが、街に住んでいる人や、日々そこに通う人たちが、いかにその地に誇りを持てるかが大事ですよね。建築でよく使われる「バナキュラー」という言葉があるのですが、「土着性」「その土地固有の」という意味を持ちます。その土地らしい素材を使った建築は、面白いと思えるポイントが多いし、愛着も湧きやすい。なにより、経済的にも環境負荷的にもコストが低い。建物に限らずバナキュラーを意識したものが、街に増えるといいですよね。
吉本今の話に通じるかわかりませんが、僕が博士号を取るとき「リズム」をテーマにしたんです。反復とか、寄せては返す波とか、季節が巡るのもそうなんですけど、それ以来ずっとリズムという現象が自分の視点の根底にあって。何が言いたいかというと、人間関係も仲良くなったと思ったら、ケンカして仲直りして......みたいなことを繰り返しがちだし、イギリスのEU離脱やさまざまな国で見られるナショナリズムの台頭も、長いスパンで見れば行ったり来たりのリズムがあるのかもしれない。同様に都市のあり方も、高度成長期のように都会に人が押し寄せた時代を経て、地方創生の概念が生まれ、一極集中はダサいみたいなムードが広がり、地方で好きなことをやるのがクールに思えてきたりする。なので都市が抱える課題を考えるときも、少し引いた視点から長い時間軸を意識することで見え方が変わるかもしれない。
アジアの街はヨーロッパと比べると都市計画が乱雑というか、好き勝手な建物を好き勝手な場所につくっている印象がありますよね。六本木もある意味アジアらしさを色濃く感じる街で、高層ビルがドーンと存在しつつ、その周りには小さい店や路地、昔ながらの住宅もあったりする。この街並みが50年後、どう変わっているのか予想するのは難しいかもしれないけれど、どう変わったとしてもそれを許容してくれそうな自由度を感じます。
吉本六本木を舞台に何かプロジェクトをするとしたら、それこそ六本木をよく知っている、この土地に代々住んでいるような人を巻き込みたいですね。
武井たしかに僕らの世代にとって六本木は、新しくてきらびやかな街というイメージがありますが、バナキュラー(=土着的なもの)を意識して歩いてみると、乃木坂とか閻魔坂みたいな、歴史を感じさせる地名が多い。華やかさに隠れて、ひっそりと目立たなくなっている部分ですけど、より深い六本木の魅力に迫れるような取り組みがあったら、携わってみたいですね。
吉本地名の話で思い出したんですけど、去年、竹村公太郎さんの話を聞く機会があって。土木学者で国交省の官僚を務めた方なのですが、幕府がどういう思惑で江戸をつくっていったのか、地政学的な分析がとても興味深く、感銘を受けました。土地の歴史を遡っていくと、六本木がなぜ今のようになったのか、ロジカルに理解できるかもしれない。
武井竹村さんの本は僕も読んだことがありますが、土木知識を使って歴史を読み解く手法が面白い。戦の話とかでも、通説とされる攻撃ルートは土木的に考えると攻めにくいから、違うルートだったのかもしれないと仮説を立てたりして、エンジニア視点に通じるものがある気がします。
武井吉本くんは僕と一緒で文化への眼差しを持っていて、エンジニアとしてはちょっと珍しいタイプ。僕は古典芸能の浪曲が好きで、いろんな人にその話をするんですけど、大抵みんな聞いてくれない(笑)。でもロンドンで会ったときに吉本くんにその話をしたら、興味を持ってくれましたよね。"エンジニアリング文化"という切り口で、何か一緒にできたら面白そう。
吉本武井さんと僕は、受けた教育も近いものがあるし、スキルセットとしてはすごく似ているところがあると思います。アウトプットしているものも、外から見たら似ているかもしれないけれど、本人的には違いも結構自覚している。だから例えば、お題は同じで、それぞれ別で取り組んでみたりしたら、その違いが具体的に見えてくるかもしれない。
武井表現する人間がエンジニアリングを知っていると、思いついたアイデアをすぐに試しながら軌道修正できるので、個人的に大きな武器だと思っています。その点、吉本くんは僕と似たような方法論を持ちながら、違う視点を持っているのが興味深い。誰かにお題を与えてほしいですね(笑)。
撮影場所:六本木 蔦屋書店
取材を終えて......
"同じジャンル"として捉えられることが多いであろう2人。一緒に仕事をしたことはないものの、プライベートでも親交があり、武井さんが吉本さんの作品設営の手伝いをしたこともあるそう。同世代でスキルセットが近いだけに、共通言語、さらには語らずともわかり合える部分が多く、それでいてお互いの違いや強みも客観的に理解している印象を受けました。だからこそ、同じお題でものづくりをすることに興味が湧いたのでしょう。ぜひ実現してほしいです。(text_ikuko hyodo)