デザインには、未来を変える力と大きな責任がある。
大貫卓也さんは"日本を代表する"、"伝説の"という前置きが、飾りにならない稀有なデザイナーであり、アートディレクター。今も多くの人の記憶に残る日清カップヌードル「hungry?」やペプシコーラ「Pepsiman」、資生堂「TSUBAKI」、新潮社「Yonda?」、としまえん「プール冷えてます」など、数多くの傑作広告を生み出してきました。脳天を撃ち抜かれるような大貫さんの発想は、驚きを与えたのち、前から知っていたかのように私たちに浸透していく。まさに奇才というべき存在です。今回は亀倉雄策賞を受賞した「HIROSHIMA APPEALS 2021」ポスターの制作過程や思いを中心に、大貫さんから見たクリエイティブの現状、デザイナーが今できることなど、じっくり伺いました。
東京ミッドタウン・デザインハブで開催された「日本のグラフィックデザイン2022」では、自分がデザインした「HIROSHIMA APPEALS」のポスターが展示されました。毎年、JAGDA(日本グラフィックデザイン協会)の会員1名が、「HIROSHIMA APPEALS」の新たなポスターを制作しているのですが、正直に言うとお話をいただいた時は、「これは大変な役目が回ってきたな」という気持ちでした。非常にヘビーな課題だということは、重々分かっていましたから。
さらに、過去担当された葛西薫さんのポスターがとても素晴らしかったんですよ。だから、この後にやる人は難しいだろう。そう感じていた自分が、担当することになるとは思ってもみませんでした。
僕は平和ボケ代表のような青春時代を送り、デザイナーとして面白いこと、新しいことばかりをひたすら追いかけてきた人間です。そんな自分が、「HIROSHIMA APPEALS」に関わる資格があるのだろうか。そう迷いながらも、一方ではそんな自分だからこそ、やる意味があるのかもしれないと思ったのも事実です。
その時、新潮社の「Yonda?」の仕事をお請けした時のことを思い出したんです。当時の僕は、日常的にあまり本を読む人間ではなかったんです。文庫本のセールスキャンペーンに携わる者としては不向きです。けれど、本を読まない人の気持ちが分かるからこそ、むしろ適任なのではないかとも思ったんですね。「HIROSHIMA APPEALS」のポスターもそう。きっと自分だからできることがあるという思いで、お引き受けしました。
振り返ると、「HIROSHIMA APPEALS」は、テーマや目的があまりに壮大という意味で、僕のキャリアにおいて最も大きな仕事だったように思います。戦争、原爆という人間にとって根源的な問題、世の中で一番難しい課題に向き合うわけですから、腹をくくるまでに、長い時間を要しました。自分なりに広島のことを知り、気持ちを整理する時間が必要だったのです。結局、何を言われようが、自分がしっかりとした考えを持ってやるしかない。最後はそう覚悟を決めたんです。
頭の中にいろいろなアイデアがありましたが、どのアイデアを採用すべきか、ここまで判断がつかなかったことも過去にはありませんでした。表現に特化したデザイナー大喜利みたいなことは絶対にやりたくない。今の若い世代の喉元に、ナイフを突きつけるくらい強烈な印象を残したいと考える中、とにかくこだわったのはライブ感です。見た人が心を動かされ、戦争や原爆を自分事として考えられる、そんなライブ感があるものをつくりたい。間違いなく爪痕を残すものをつくらなければ、失敗だという気持ちでした。
当初のアイデアは、スノードームに原爆ドームが入っていました。白い鳩を入れることは考えていなかったんです。白い鳩は平和の象徴としてあまりにも通俗的で、形ばかりの平和のように映ると思っていました。ところが、Photoshopでラフスケッチをつくってみると、平和の象徴である白い鳩が真っ黒な粉に包まれる姿は想像を超えて衝撃的だったけれど、翌日同じラフスケッチを見ても全然ドキッとしないんです。「あれ、今日は何も感じないぞ」と。なぜかと考えてみると、ずっと原爆や広島について考えていた自分が完全に"広島のマインド"になっていたんです。だから、日常生活の中で急にこのポスターを見せられても感情移入できなかったんですね。
そんな経緯もあって、一度は鳩の案をボツにしたのですが、「いやいや、あれだけ衝撃があったんだから、とりあえずサンプルをつくってみよう」と思い立ちました。市販のスノードームキットを購入して、白い粘土でつくった鳩と黒い粉を入れて試作したんです。そして、スノードームを振ってみると、「うわー、正視することができない!」と。これはもうラフスケッチで見た時以上の衝撃でした。これこそが、自分の考えるライブ感のあるコミュニケーションだと確信しました。
そもそも今回の依頼はポスター制作なんだけど、このスノードームこそ自分の答えではないか。そして最終的には広島みやげの定番にしたい。やっと自分の答えがクリアになったんです。ということは、ポスターも動かないと意味がない。そこで、ARを取り入れることにしました。
ポスターでは鳩の全身が見えていますが、スマートフォンをポスターにかざすと、タイムマシーンのように映像が逆戻りして、白い鳩を黒い粉が覆います。一見、平和な画から原爆が投下された日に時間が戻されるように。実は、ポスターの初稿時は、大量の黒い粉に覆われた白い鳩という過激なビジュアルだったんです。その画がAR動画で動き出し、ラストカットで白い鳩の全身が現れるという考えでした。しかし何かが違うと最後まで試行錯誤を続けていくと、まさかのラストカットの白い鳩が一番衝撃的に見えてきたんです。
そう感じたのは時代の空気だと思います。制作していた時にはロシアによるウクライナ侵攻は、まだ起こっていませんでしたが、どこかきな臭い空気が世界中に漂っていました。平和の象徴としての白い鳩のポスターが街中に貼られる時代にだけはなってほしくない、若い世代にそんな時代を生きてほしくないと想像した時、この白い鳩のヴィジュアルが平凡で通俗的ではなく、逆にすごく恐ろしく見えてきたんですね。AR映像の最後では、白い鳩が再び姿を現すことで希望を感じるけれど、白い鳩はまだガラスの中。自由に飛び立てる平和の訪れを待っているんです。
この仕事がきっかけとなって、「第24回亀倉雄策賞」をいただきました。幼少期の僕が、デザインを知るきっかけの1つが、亀倉さんのオリンピックポスターでした。当時の「見たことのない、すごいものに出会った」という記憶は今でも鮮明に残っています。そして、受賞を記念して開催していただいたのが、クリエイションギャラリーG8での個展「ヒロシマ」。黒い粉が舞うさまざまな瞬間を切り取った写真と映像によるインスタレーションです。
長いこと広告という仕事をしてきた自分は、無理にでもモノを売る広告に疑問を感じ、もっと広告が世の中に対してできることがあるはずだと考えていました。今はみんなが当たり前に「世の中のため」と言いますが、当時はそんなことを言うと、周りから奇異の目で見られることもあったんです。この「HIROSHIMA APPEALS」で、大切にしてきた自分のその思いを再確認できた気がしています。そして、コミュニケーションにこだわり、きちっと伝わること、結果を出すことにプライドを持って仕事をしてきた僕としては、この作品が少しでも世の中で機能することを願っています。
撮影場所:『日本のグラフィックデザイン2022』(会場:東京ミッドタウン・デザインハブ、会期:2022年6月30日~8月11日)