歩いて行きたくなるような界隈をつくる。
インテリアデザイナーとして世界で活躍し、今や仕事の9割が海外という片山正通さん。お会いした日はシンガポールからの帰国翌日。午前中の取材はキツかろうと思いきや、会議をすでにひとつ終えての登場で、最近、ライフスタイルを夜型から朝型に移行中でもあるのだとか。取材後半には六本木を「朝の街」にする案も! 現在、武蔵野美術大学、空間演出デザイン学科の教授でもあり、撮影は、〈東京ミッドタウン〉デザインハブで行われている「ムサビのデザイン」展にて。
僕が21歳で東京に来たときはバブルまっただなか。六本木は夜でも昼間みたいに明るく、通りに人が溢れているような状況でした。リオのカーニバルみたいでしたね。数年前に『バブルへGO』という映画がありましたが、本当にあのまま、1万円札をふってタクシーを止めている人もいた(笑)。僕らはお金もなかったし、何の恩恵にもあずかりませんでしたが、僕の中での六本木のイメージのデフォルトは、当時の「恐ろしくパワフルだった六本木」なんです。
映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」
バブルが崩壊し、六本木離れがあり、その後〈六本木ヒルズ〉や〈東京ミッドタウン〉、〈国立新美術館〉ができたりして、六本木のイメージは享楽的な街から大人の街へ、僕の中でも変化しました。今は仕事で来る街。特に〈東京ミッドタウン〉にはインテリアデザインの仕事でお付き合いのある「ユニクロ」の東京本部があるので、週に1度はミーティングで来ます。ここ〈デザインハブ〉には武蔵野美術大学のデザイン・ラウンジもありますしね。
ただ、六本木という街としての付き合いというよりも、ピンポイントで目的地に来て、目的を果たして帰る、という関わり方になっていて、そこが残念なところではあります。では、どうなったら、僕自身も六本木という「街」を楽しめるようになるか。僕だったらどうするか......
まずは「そぞろ歩きができる街」にしたいですね。六本木は外苑東通りや六本木通りといった大きな通りを車がバンバン走っているイメージが強いと思いますが、実は青山からでも歩ける。もっと徒歩目線で、街を活気づけるような小さな拠点、これから絶対面白くなりそうな若い子たちの小さなお店といった「小さな点」を周辺のエリアとの間に落としていくことで、車ではなく歩いて来たくなる街になったらいいな、と。
そぞろ歩きができる通りみたいなものですね。お金がないんだけど面白いことをやっているような子たちを誘致して、「界隈」をつくりたい。大きな資本によって計画された区画に有名ブランドのお店を配置する、みたいなキッチリとしたものはもう既に六本木にあるので、もうちょっと有機的というか、いい加減な感じのもの。これから洋服屋さんとして頑張りたい、といったような子たちの店が3つ、4つあれば、あとはその「点」がつながって、「界隈」って自然にできてくると思うんです。
あとは、立派すぎないテキトウなカフェが六本木にあるといいなあ。立派すぎると気後れしてしまうので「適当なものの良さ」が入ってくると、適当じゃないものも輝くんじゃないかな。
計画性をもってつくりすぎると、どこの街も同じになっちゃうんですよね。最近はアジアでもヨーロッパでもアメリカでも、どこの国、どこの街に行っても同じ風景だなと感じることが多いんです。便利にはなったけど、果たしてこれでいいのか、とも思う。日本にしかない、六本木にしかない魅力を作ろうと思ったら、六本木で面白いことをやろうとしている日本の若い人たちに投資をしていかないと、わざわざ日本に来て、六本木にまで脚を運ぼうという気にはならない。
僕はインテリアデザイナーで、自分の見える範囲、触れられる範囲から始めて大きなことに繋げていく、ということをやっているので、僕が街に対して何かするなら、将棋倒しみたいに近くから遠くへ、バタバタっと倒れていくみたいな派生のさせ方を選ぶと思う。先ほどの「小さな点」によって街が変わっていくというのは、場をつくる仕事をしている者としての実感でもあって、それって意外と早いですよ。種さえ埋まれば、草木が生えるように街は変わっていく。本来は街の成り立ちってそういうものでもありますよね。
街が魅力的であるためには、お金を使わなくても楽しめる街じゃないといけない。それは常に思っていることでもあります。
代官山に蔦屋書店ができたことで、あんなに街が変わるものなのかと驚いたんですけど、あれって簡単に言うと、行くだけでも楽しめるからだと思うんです。本屋って、本を買わなくても楽しめるじゃないですか。どんな本があるのか見て回ることはできるし、手にとって読めて、直接関わることができる。人がたくさん来るようになって、回りの洋服屋さんもすごく喜んでいるんです。つまり、お金を使わなくても楽しめる時間を提供できる街になると、同時に商業的なものもついてくるし、結果、全体が持ち上がってくる。
昨年オープンした〈代々木VILLAGE by kurkku〉のトータルデザインディレクションと、その中に出来たイタリアンレストラン〈code kurkku〉のインテリアデザインを手掛けたのですが、あの場所は代々木ゼミナールの校舎跡地で、プロジェクトの背景には「代々木の街を変えたい」という思いがある。庭にはプラントハンターの清順さんに、世界中から集めた個性豊かな植物を植えてもらいました。その庭は、施設内のレストランでご飯を食べなくても楽しめるし、見て歩くだけで面白いなあって思える。親子でもおばあちゃんと孫とでも、その場所に行って話しができる「きっかけ」があるだけで、街との関わり方はずいぶん変わってくるものなんです。
代々木VILLAGE by kurkku
「きっかけ」をアートでつくるという方法もありますが、アートであることが重要なのではなく、そういうきっかけが散りばめられていることがアートの街を目指す目的というか意味だと思うんですね。
大切なのは、コミュニケーションをしやすい環境をつくってあげること。そもそも僕はデザイナーとして、デザインはそのためにあるのだと思っています。モノと人とのコミュニケーションだったり、モノを通じた人と人のコミュニケーションだったり。「コミュニケーションをしやすい環境」というのはベンチひとつでも作れるものなんですよね。僕自身も含め日本人ってコミュニケーションが下手で、でも、環境があれば、実はすごく話したがっていたりする。
コミュニケーションで言うと、ある意味、六本木こそ、その昔は「コミュニケーションの街」だったじゃないですか! バブルの頃はたくさんの人がここでナンパ合戦をしてたんだから(笑)。そういうものがもっと健全な形でできないかなあ......
リ・ブランディングって何でもそうなんですけど、名前に力があったり、もともとブランド性があったものって、ある時期落ち込んでも絶対に復活できる。六本木って「六本木」という名前だけで、すごいブランド力がありますよね。そういう街がどう変わっていくか、動き出すととても面白いんじゃないかな。六本木には「デザインとアート」というイメージが昔はなかったからこそ、差がはっきりと出て、やりやすいかなという気はします。
ミッドタウンで行われる週に1度の「ユニクロ」のミーティングは、朝8時か9時には始まるんです。この会社の始業は朝7時。僕らが行く頃にはもう、ふた仕事くらい終えているんですよね。それだけが理由ではないのですが、僕らの会社も最近、出勤時間を早くしたんです。まずは、10時半だったのを9時に。始めてみると、すごくいい。
ミッドタウンに朝来るようになって思うのは、緑も多いし実は午前中がすごく気持ちのいい場所だってこと。可能であれば、お店をもっと早い時間から開けてほしい。ミッドタウンの中で8時とか9時に開いているのはスターバックスなどのカフェくらいだし、ショップは11時からなので、会議が終わってもまだ閉まっていて買い物ができないってことが、いつも残念なんです。
六本木は「夜の街」から「朝の街」になる、というのも一つの案。これまでとは違う活気が出るし、朝のニーズって、絶対あると思うんです。
六本木を朝の街にするには、美味しい朝飯屋がいっぱいあるといいですね。特にほしいのは、ちゃんとした「朝定食」が食べられる店。あー、なんか、すごくいい気がする。自分で経営したいかも(笑)。朝飯屋。
トレンドからいっても夜の食事ではなく、朝の食事をメインにしようという動きが出てきているし、やっぱり、身体にいいとか、心にいいとかって重要だと思うんです。最近、食生活を栄養学の先生に見てもらっているのですが、食べ方や食べるものの指導を受けると、事務所の回りでは食べられるものないんですよね。ラーメンとカレーとうどんくらいしかなくて...... ちゃんと身体にいいものを美味しく食べられる店がもっとあればいいと常々思っているので、六本木の「朝」に、そういう店があると流行ると思うなあ。いいじゃないですか、健康的な六本木!
パークヨガ
これだけ六本木のことを話した後で何なんなのですが...... 僕は岡山県の出身で、都市をどうしていくかも問題ですが、地方が元気じゃないってことも、とても大きな問題だと思っているんです。六本木じゃないとできないことがあるように、岡山じゃないとできないこともある。それを、岡山の人間のひとりとして、仕事を通じてできないかと少しずつ動き始めています。
特に地元は市町村合併で統合される前は「市」ではなく「郡」だったような田舎で、今まではそれを遠ざけてきたし、できれば隠したいくらいな感じだったのですが、この年になって「それは違うな」って思い始めた。本当は田舎であることに価値があったんですよね。
そういうローカルなことに、みんなが目を向ける時代であることは確かで、何がローカルかって話しにもなりますが、岡山とか、東京とか、日本とか、そういう単位で世界に対してアピールできることを、今だからこそすべきだと思うし、今始めておかないと手遅れになるのではないかという感覚はすごくあります。
六本木も「六本木ローカル」みたいな視点で考えていくといいのかもしれないですね。真ん中で立派なことやろうとすると大変だけれど、六本木ローカルだと思うと、いろんな挑戦も実験もしやすいはずです。
取材を終えて......
取材当日、朝10時からスタートだったのですが、何と片山さんはその前に、既に別件の打合せを1件終わらせていました。そんな活動時間が朝型になっている片山さんらしい「朝の街化計画」は、とても健全で、ぜひ明日にでもスタートしたいと思いました。
(edit_rhino)