「いいものをつくる」構造を日本で成長させる。
映画監督を目指して大学で映画を学び、CM制作会社を経た後に、VFXアーティスト集団・Khakiに飛び込んで、ミュージックビデオや広告の制作などを経験。あらゆるVFXの世界を知る太田貴寛さんだからこその、多角的な視点と思考から生まれる俯瞰力、コミュニケーション力を武器に、驚きと感動を与える映像作品をつくり続けています。2020年にはVFXスタジオKASSENを設立。新しい技術や仲間たちの力を掛け合わせ、フリーランスでも単なる大組織でも叶えられないモノづくりのスタイルを貫いています。太田さんのこれまでの道のりや作品と共に、日本の映像業界が今抱えるテーマや、思い描く未来を語っていただきました。
映像の仕事をするに当たって、改革するチームをつくっていきたい、大きな組織で戦いたいという思いで会社をつくりましたが、もっと言うと"映像の村"のようなものをつくるのが、ひとつの夢でもあります。僕の家の周りでは再開発が進んでいて、古いビルが壊され、駐車場になっていくのが見えるんです。駐車場がだんだんと集まって広い土地になったところに、再びデカいビルが建っていく。そんな過程を見て、「ビルの窓がまた1列増えたな」と、積み上がっていく風景を眺めるのが好きで。なんだか街がどんどんパワーアップしていく感じがするんです。そうやって新しい街ができるように、映像の村ができたらすごくいいなと思います。イメージは、たくさんのスタジオやプロダクションがあって、映像はもちろん、いろんなジャンルのクリエイターやアーティストが集まってくるような場所。
また、フリーランス同士のリモート作業での連携だと、CGアーティストの場合、重たいデータの送受信が大変だったり、レンダリングを協力することが難しかったりします。ひとつの大きなデータセンターを用意して、各アーティストがリモートアクセスして作業する安定した仕組みをつくれれば、どこの場所にいても同じデータを扱えるので、作業環境の可能性が広がりそうですよね。
インターネットの速度と電力などの条件が合う場所にデータセンターをつくったら、たとえば地方にワーケーションも兼ねたオフィスをつくって遠隔で操作するようにしたり、地方から離れたくない人に関してもリクルートの幅が広がったりします。また、本来働きやすい環境にマシンをたくさん設置することは難しいのですが、データセンターが別なら物件の選択肢が広がるので、みんなが働きたいと憧れをもつ六本木を作業場所にしたりできるかもしれません。
やっぱり、いい場所で仕事ができると、いい物がつくれそうな気がするんです。それこそ今、六本木は再開発が進む中で、様々な企業が集まってきているので、この場所に映像村をつくるメリットが、実はあるかもしれません。
映像の村の話は、今すぐ実現とはいかないかもしれませんが、六本木でVFXを使った面白いことができるといいなとも思います。例えば、今あるアイデア製品のひとつで、窓のようなモニターを設置すると、窓がない部屋でも外の風景がリアルに見える「Atmoph Window」というものがあって。その「Atmoph Window」と、コジマプロダクションの『DEATH STRANDING』とのコラボでは、窓からゲームの世界の風景を見ることができるんです。六本木のどこかに窓を取り付けて、違った世界が覗けるとなれば面白いんじゃないかな、と。
今は太陽光に限りなく近い光をつくれる照明もあるので、地下に窓を隔てた奥にテラスをつくって、太陽光と外の景色に触れて食事ができるお店があってもいいかもしれないですね。さらに、僕らがBUMP OF CHICKENのMV『なないろ』で使ったような大型LEDパネルでCG空間を映して、SFやファンタジーの世界にいるような体験ができたら楽しいと思います。店内にいる時は別の国や海の上、砂漠の世界に張り込める。時間帯なども変化させたら更に面白そうです。
それこそ、大型LEDパネルによる背景投影(日本ではインカメラVFXなどと呼ばれている)は、近年ハリウッドなどでは積極的に採用されている技術です。例えば、スター・ウォーズの『マンダロリアン』では広大な景色を先にCGでつくっておいて、巨大なLEDパネルに映し出し、その前でお芝居をすることで後処理での合成を減らしたり、被写体への光の影響を自然にしています。LEDパネルなどへの投影技術と併せて取り入れられているのが、「Unreal Engine」などのリアルタイム系CGツールです。元々は「PlayStation」などで採用されているゲームエンジンで、計算を上手に省略することにより、ハイクオリティなCG空間の中をリアルタイムで自由に動き回れるようにゲームが進化しました。その技術を映像分野でも取り入れて、大型LEDパネルを取り入れた撮影では、カメラの動きと連動して投影されている映像をリアルタイムで動かし、平面的に見えないような工夫がされています。
最先端のVFXの世界では、そうやって技術や手法を各社凌ぎを削って生み出している状況。ただ、日本ではまだあまり普及していないので、採用するにはコスト面のハードルも高い。LEDパネルのセットが組めたとしても、撮影前にCG空間を用意するとなると広いエリアをつくり込まなければならないので、短納期の日本の環境ではなかなか難しい。ハリウッドなどの大きなスケールでの作品制作現場ではメリットが大きいのですが、日本の小さいスケールでの撮影ではまだそうとはいえないのが現状です。
シビアな言い方ですが、あえて明言するならば、今の日本のクオリティは海外の最先端に比べて劣っているのだと思います。閉塞感を感じている人もいるでしょうし、だからこそ、打ち破りたい気持ちもある。決して日本人のスキルが低いのではなく、むしろ個人のスキルは高い。それ以前に、日本のアーティストを取り巻く様々な環境の影響があります。日本は国内のマーケットが世界的に見ても比較的大きいので、多くの作品は国内向けで、日本の中でヒットすれば仕事として成立してしまう。良いことでもありますが、同時に国内だけで完結してしまう結果に繋がっているように思います。その点、ハリウッドやアジアの中でも力を伸ばしている韓国は、国家戦略レベルで世界向けに作品制作に取り組んでおり、作品づくりの意識自体が違うのだと思います。
今、日本では大きなスタジオからアーティストが独立する動きが活発になっています。独立した人は個人で制作を請け負うフリーランスか、フリーランス数名でチームを組んで活動することが多い印象です。先ほども触れましたが、やっぱり個人でやった方が収入的にも満たされるし、好きな仕事を選びやすくなるじゃないですか。自分たちの生活、自分たちの条件の良さを優先するほど、大きな会社、チームってどんどん減ってしまうんですよね。結果、小さなチームが増えると、その人たちとアシスタント数名という構造になるので、技術の継承や蓄積が行われにくくなることが、業界全体で見た時に大きな問題になってくると思います。
お金は価値のバロメータのひとつだと思うので、頑張った分評価されたいという思いはありますが、個人的には大きな贅沢をすることにあまり執着がなくて。物や財産は、ただ持っているだけでは価値がなくなってしまうという考えが根底にはある気がします。反面、経験に対してはすごく貧乏性で、自分たちが経験できたであろうことが、別の人へ流れることによって経験値がロスするのが耐え難い。できるだけ多くの経験が自分たちのチームに落ちていけば、すごく成長できるじゃないですか。お金を持って贅沢したいという欲はそこまでないけれど、機会損失に対してはとても敏感だと思います。
個人のフリーランスや小規模の特に会社化していないチームにとって、規模の大きな作品をつくるための機材や設備、人員の用意は難しい課題。ただ、少数精鋭を謳ったチームがたくさんできるというのは、ある種、日本文化的な側面もあると思います。そういう意味では、ただ海外のやり方を輸入して真似しようというより、日本独自のやり方、構造を成長させて順応することも、日本を拠点とする以上、必要なことだと感じています。そのひとつの答えとして、少数精鋭のチームを束ねて、ひとつの大きな塊にするのは大きなテーマ。それを実現するためのひとつの手段が、映像の村のような環境づくりかもしれません。
日本発の技術や手法が生まれにくくなっていることに危機感を覚えます。機材などは海外で開発されたものを使っていることがほとんどで、特に普段使うアプリケーションに関しては日本製のものはほとんどありません。ただ、キャラクターコンテンツに関しては、日本は世界でもトップクラスの国です。そういった日本の大切な財産を、丁寧に育て上げて、世界に発信していくことが大切だと感じます。そのためには、映像産業全体の流れを変える必要があると思うのですが、それには兎にも角にもあらゆるパワーが必要で。個人のできる範囲では目標とするところには到底辿り着けない。
KASSENは、みんなが仕方ないと諦めていることを、諦めずにやっていきたい。むしろ、仕方ないと思っていることを探せば、それらが課題やテーマそのものなので、何をすればいいかわからないより全然いいと思うんですよ。あとはテーマ、課題の解決に向けて頑張ればいいだけ。僕たちは、そういう思想で日々仕事に向き合っています。その先に、自ずと世界で戦える日本が見えてくるはずです。日本は国自体が豊かで、教育も行き届いていて優秀ですし、思いやりがある人が多いのでコミュニケーションも取りやすい。日本人が、世界で仕事ができない理由はないと思っています。
撮影場所:六本木けやき坂通り、六本木ヒルズ
取材を終えて......
フリーランスが増えているクリエイティブの現場で、技術を継承する場をつくる、個を束ねて力を掛け合わせるシステムをつくる太田さんの動きは、今後より大切になっていくとあらためて実感させられました。仕方がない、変わらないを「やればいい」「頑張るだけ」とスマートに言い切り、目の前のメリットには目もくれず、大きな世界を見ながら熱を持って突き進む。そんな太田さんの姿勢は、未来を変えるはず。世界でガンガン戦う姿を見たいと、ワクワクせずにはいられません。(text_akiko miyaura)