街に点在する違和感=個性をつなぐ。(山田)
都市環境で芽吹く雑草を観察する道草散歩。(大野)
建築家の山田紗子さんと、大野友資さん。両者ともに、建築の枠にとらわれない活動や作品が注目されています。山田さんは、慶應大学にてランドスケープデザインを学んだ後、藤本壮介氏に師事し、自然にコントロールを委ねた建築を手がけ、大野さんは、ポルトガルの設計事務所を経て、noizから独立、建築だけでなく巨大なインスタレーションから手のひらサイズのプロダクトまで手がけています。そんな2人は現在、東京ミッドタウンの芝生広場で開催中の『GOLDWIN PLAY EARTH PARK』にて、遊具をデザイン。遊具が生まれるまでの過程や、普段のものづくりの出発点、それぞれの大学の講師としての考えなど、多岐にわたって語っていただきました。
大野僕は東京藝術大学で、建築学科1年生向けの必修授業の「CAD図法演習」というめちゃめちゃ渋い名前の授業をしているのですが(笑)、山田さんも京都大学や東京理科大学で講師をされていますよね。どんな授業をしているのですか?
山田ちょっと前までは住宅の授業が多かったのですが、最近は課題を出す授業が増えてきて。去年は、"自然・不自然"というテーマを設計スタジオの導入課題にしました。例えば、スケートボードは自然か不自然か、マスクは自然か不自然か、お墓は自然か不自然か、と話し合うんです。
大野それ、すごく面白いですね。
山田ディベートをする中で、新しい自然観、不自然観を自分の中に見つけていこう、と。それが、建築をつくる時のひとつのモチベーションになり得るんじゃないかと考えて、スタジオを進めました。初等教育では、まずは線を引くことをとにかく覚えなさいという話になりがちですが、言ってしまえば製図や設計はやればできるようになる。それより、卒業後にどこかの事務所に所属して学び、30代くらいでポンと独立したときに、自分の中に価値観、自然観みたいなものが、ある程度貯まっているといいなと思っていて。要は、"自分の価値観をぶつけては跳ね返ってくる"ということを、日々やってほしい。スタジオでは、それをエクササイズ的にやっている感じですね。
大野山田さんの授業は、その時すぐに概念が構築できなくても、"概念のつくり方"が学べるのが素晴らしい。僕の授業もそうありたいと思っています。技術的なCADの使い方って、今はYouTubeを見れば、僕よりも教え方がうまい人がいっぱいいるし、世界中でたくさんのティップスがある。だから、アプリの使い方的な内容は最小限にとどめています。
それよりも、頭の中にあるもやーっとしたアイデアや形を、CADという道具を使って自分の外に表現するという経験を、いろいろな課題を通して体験させてあげたいと考えています。最近、出したのが、「印象派のモデリング」というタイトルの課題です。CADを使う時って、高さや長さといった数値を入力して、立体を立ち上げて、と論理的に構築していくのですが、印象派の画家たちが、感じた印象を絵画として表現したように、写実主義的にではなく、印象主義的に空間をモデリングしてみようという課題です。
山田面白いですね。具体的には、どんなふうに進めるんですか?
大野気になる場所に出かけて、まずはその場所の印象を詩や短いテキストで描写します。そこで選んだ言葉を頼りに、その空間を構成している要素を観察して再構築していきます。例えば面白かったのは、東京・上野にある安藤忠雄設計の「国際子ども図書館」という建物を題材にした生徒が、「青い場所と赤い場所があった」と言うんです。実際、外部に面している空間はアルミとガラス越しに青空が入ってきて、たしかに空間全体が青っぽかったんです。一方で書架や談話室のエリアは昔ながらの木の色で温かい色になっていて、安藤さんがデザインした椅子も赤い木でできている。それを発見して、赤と青が混ざったようなモデルをつくったんです。講評の時にも技術力の評価ではなく、ものを観察する時の視点に関する話ができたので、面白い課題になったのではないかなと思っています。
山田とても興味深い課題ですね。言葉にしていくことは、ある程度、訓練をしないと出てこない。嗜好はみんなが持っていると思うのですが、自分で意識できていないことがすごく多い。"なぜ黒が嫌いで、明るい色が好きなのか"、"なぜ柔らかいものが好きで、硬いものが嫌いなのか"ということを、まずは意識することが必要です。建築って、基本そういうことだと思うんですよね。言語化できるようになると、図書館をつくってくださいと言われた時に、どんな図書館なのかをきちんと考えられるようになる。何にも増して、言語化できることが大切だと感じます。
大野僕らが大学で教えているようなことを、社会で体感できるイベントや、プロジェクトがあっても、面白いのかもしれません。例えば、山田さんの自然・不自然をテーマにした授業のように、六本木の中の違和感を探すというか。六本木らしくない場所をみんなで見つけてみると楽しそうだな、と。
山田たしかに、六本木ってじっくり見たら、面白いところがいっぱいあると思うんですよ。東京ミッドタウンや国立新美術館がある辺りと、六本木交差点から南に下ったあたりのエリアでは雰囲気が違いません? 南のエリアの方が街として古いからか、わりとガシャガシャしているイメージで。異国の方も多いですよね。
大野そうですね。大使館も多いですし。
山田異国料理の店も多くて、妙に主張が強くて楽しい。掲げている看板や外装といった表層的なものですけど、それが通りのイメージをつくるじゃないですか? いい意味で、六本木は個々の建物が自己中心的にバンバンと立ち上がって、それが勢ぞろいしている風景が面白いなと思います。やっぱり、人の賑わいって、キレイなマスではなく、一つひとつが主張している個の豊かさによって成り立つ部分もあるので。一方で、六本木は大きな開発もされているので、ヒューマンスケールの街のように人間がグッと入っていける場所が多くはないと思うんです。その中でも開発地と住宅地の狭間とか良い違和感がそこここにあるので、それらの点をつなぐように、ちょっといたずら感覚で手を加えていくと、都市の面白さが底上げされるんじゃないかなって。現地を見てみないとなかなか思いつかないですが、東京ミッドタウンとか六本木ヒルズの境界の壁とか手摺とかフェンスをちょっといじってみたいな、と。ぐにゃっと曲げて、ベンチにしちゃうとか。境界をなくすわけではなくて、むしろ際立たせるかもしれないけど、ただの仕切りではなく、意思のあるユーモラスな存在になるといいなと思います。
大野いいですね。あと、違和感でいうと......ここ数年なのですが、植物の生態や形状にすごく興味があるんです。サイエンスやデザインとしての植物、めちゃくちゃ面白いです。友人のワイルドサイエンティストの片野晃輔さんからの影響もあって。彼の話で面白かったのが、ピート・アウドルフがランドスケープをデザインしたニューヨークのハイラインは、いろんな植物が生えていてとても素敵な場所なんですが、実はハイラインの高架下に生えている雑草の生態系も観察するととても興味深いそうなんです。ハイラインに植えられた多様な植物の種や遺伝子が風や鳥、人などによって運ばれて、周辺の植生にも影響を与えている、と。
六本木もランドスケープがデザインされていたり再開発されていたりする場所が多いので、周りの雑草に面白いことが起きているんじゃないかと思うんですよ。散歩しながら、道草食いながら、違和感のある草を探すのも面白そうです。
山田雑草なり、街にあるものなり、違和感を探すって、いいかもしれないですね。
大野「ここ、本当に六本木?」みたいな場所をみんなで探す、みたいな。逆に、付近に住んでいる人たちからすれば、「むしろ、ここが六本木らしさだよ」と主張する人もいるでしょうし。それぞれに、たくさんの気づきがありそうです。
撮影場所:『GOLDWIN PLAY EARTH PARK』(2022年4月23日~5月29日)
取材を終えて......
この日は、『PLAY EARTH PARK』が見渡せるテラス席でお話を伺いました。人の心を震わせるものをつくる方は、芯のあるストーリーと強くてやさしい言葉を持っています。むしろ、自分の中に考え抜いた末の言葉を持っていない人は、何かを生み出すことはできないのだろうと、お2人のお話を聞いて改めて感じました。言葉や思考を具現化するときに建築を媒介しているけれど、メディアは何にでも変わり得るほど、普遍的、かつ柔軟。素敵な物語を、大きく揺るぎない人柄を表すようなお2人の心地よい声とさっと吹き抜けていく風の中で聞ける贅沢を味わわせていただきました。(text_akiko miyaura)