六本木に毛色の違うカルチャーを持ち込んでみる。
僕たちの会社Whateverはもともと渋谷にオフィスがあって、宮下公園の近くでHOLSTERというシェアオフィスを運営していました。昨年乃木坂に移ってきた直接的なきっかけは、渋谷の大規模な再開発。渋谷はクリエイターが集まる街で、当時60名ほどがシェアオフィスを借りてくれていました。ギャラリーもあったのでアーティストが展示をしたり、毎月いろんなゲストを呼ぶ「月刊スナック」というイベントを開催したりなど、面白い場所ができていたのですが、そのビルが取り壊されることになったんです。
当初は渋谷で移転先を探していたのですが、シェアオフィスを運営できるような広さの物件を、今までのような賃料で借りることが本当に難しくなっていて。大手グローバルIT企業が渋谷にオフィスを構えたことからもわかる通り、いわゆるお金のある大企業しかいられないような場所になってきているのです。1年ほど渋谷で探したのですが結局見つからず、もう少し範囲を広げてみたところ、現在のビルが一棟丸ごと空いていることを知り、こちらに移ってWHEREVERをオープンさせました。
入居したのは竹山聖さんという建築家が手がけた素敵なビルで、竣工は平成元年。ファサードがユニークで、内部は3Fまで吹き抜けになっていて、平米数を重視するような現代のデベロッパーさんだったら、まあ絶対につくらないような物件(笑)。その大胆さに惹かれました。今の六本木はアートの聖地のようになっていますが、どちらかというと高級なアートが多い印象があります。その点、僕たちは渋谷カルチャーで育ってきましたし、Whateverはニューヨーク、ベルリン、台北にもオフィスがあるので、毛色の違うカルチャーをこの街に持ち込めたら面白いのではないかと思っています。
7月末、WHEREVERの1階にNew Stand Tokyoというセレクトショップがオープンしました。New Standはニューヨーク発のショップなのですが、うちのCCO川村真司が、ニューヨークでPARTY NYを6年前に立ち上げて以来、New Standの創設者アンドリュー・ダイヒマンと友人だったんです。街角や地下鉄構内にある新聞や日用品などを販売している店舗をNewsstandというのですが、老朽化したNewsstandをリノベーションしたのがNew Stand。1号店はユニオン・スクエア駅構内にあって、現在はニューヨークを中心に全米で40店舗ほど展開していて、「A day improvement」というコンセプトで生活に新しいものを取り入れる提案をしています。
New Stand Tokyoはアメリカ国外では初となるショップで、なぜここに持ってきたかというと、このビルの1階がもともとお店として使われていたのと、僕たちがつくってきたものをお見せできるような、コンシューマーと接点になる場所を持ちたいと以前から思っていたからです。これまで自社プロダクトとして、Lyric Speakerという歌詞が出るスピーカーやリモートワーカー用部屋着WFH Jammiesなどを手がけ、Kickstarterなどのクラウドファンディングで、様々なプロダクトづくりに挑戦してきました。自分たちや周りの仲間がつくったモノのショーケースのような場所なのですが、自分たちがつくったものだけだと"文化祭"的な感じがしてしまうので、もっと魅力的なコンセプトが必要だと思っていました。それでNew Standのことを思い出して、六本木にオフィスを引っ越す話を彼らにしたら、トントン拍子で話が進んで。実際にこのビルも内見に来てもらい、正式にアジア展開のライセンス契約をすることになったんです。
とはいえ、ニューヨークのショップをそのまま東京に持ってくるだけだと面白みに欠けるので、New Stand Tokyoでは「未来の日用品」というコンセプトを掲げています。たとえばLyric Speakerだったら、本来のスピーカーは音が出るだけのものですが、そこに歌詞も出るのは未来的といえますよね。最近は「エシカル」をキーワードにいろんなプロダクトが生まれていますが、その多くはまだ日用品と呼べるほど身近になっていないのが現状です。でもこの先、日用品としてみんなの家にあるようになったら素敵ですよね。
New Stand Tokyoは、そういう意味でトライアルな商品を置ける場所にしたいのですが、その代表がFemtech(フェムテック)プロダクトです。女性(female)と技術(technology)を組み合わせた造語で、女性特有の悩みや課題に向き合って開発されたプロダクトやデバイスを意味します。妊娠中の女性がお腹につけて赤ちゃんのバイタルをチェックできるデバイスなどハイテクなものから、月経カップという医療用シリコンを折りたたんで膣内に挿入し、経血をためて使用する昔からあったが知られていない生理用品まで、幅広いです。
なぜこれが「未来の日用品」なのかというと、例えば月経問題のソリューションって、日本の市場だと圧倒的にナプキンだと思いますが、吸水性生理パンツや月経カップのような、別の選択肢が出てくれば、人によってはそちらを選ぶ可能性も生まれる。そしてそれは市場を寡占する商品ではなく、まだ日用品になっていない実験的な商品であると言えますよね。未来の日用品というコンセプトで探していた時にまさにこれだと思いました。Femtechという言葉は今、バズワードのように注目されていますが、世の中にとって当たり前になって、未来の日用品から普通の日用品になって、ドラッグストアやコンビニにも並ぶようになったなら、女性のウェルネス課題が少し減るように思います。そうなったら、FemtechプロダクトはNew Srand Tokyoからは卒業し、また新たなプロダクトを考えます。
リアル店舗は僕たちにとって初めての試みで、難しいことがたくさんありました。最初は商品配置の正解がまったくわからなくて、集めた商品を開封した後に「これ、どうすればいいんだ?」とフリーズしてしまったくらい(笑)。今も日々少しずつレイアウトを変えて、試行錯誤しています。それに今は、コロナ禍で来店していただくことがなかなか難しかったりもするので、リアル店舗にテクノロジーも導入しています。Robot Viewingという自走型ロボットを使用した新しいシステムなのですが、ウェブカメラがついていてインターネット上からログインして、遠隔でロボットをコントロールしながら店内を見ることができるのです。
Robot Viewingは「あるがままのアート -人知れず表現し続ける者たち-」という展覧会でも運用したソフトウェアなのですが、昨今は美術館も人数制限をするなど人を集めたくてもできない状況が続いていますよね。なので美術館に直接足を運べない人も鑑賞できるようなシステムを考えました。元々のロボットのシステムだとひとつのロボットに一人しかログインできないんですけど、これは最大5人が同時にログインできて、しかもチャットをしながら一緒に鑑賞できる。車の相乗りのようなイメージです。一般的に美術鑑賞は、ひとつひとつの作品と向き合って、集中して観ていくような体験だと思うのですが、このソフトウェアを使うと「あっちに行ってみようよ」とか「この作品はこうだよね」などと会話も楽しむことができます。美術鑑賞だけでなく、新しい買い物体験も可能になると思うし、それこそ六本木を街ブラするのも楽しそうですよね。リアル店舗をつくることには無知な僕たちですが、テクノロジーに関してさまざまな知識があるので、それらをうまく活用しながらインタラクティブな仕掛けを生み出していきたいと思っています。