大胆にパブリックスペースへと飛び出しアートをアップデートしていく。
美術館やギャラリーではなく、パブリックな場所でアートを展示したり、パフォーマンスをしたり、そこにいる人々と関わっていくことにとても興味があります。ただ、それはアーティストにとってはすごく怖いことでもあります。パブリックスペースに出た途端、制限が取り払われ、アーティストは鑑賞者を選べなくなってしまうから。もしかすると仕事に向かう途中の人かもしれませんし、ただの通りすがりの人かもしれません。そこにいる人たちは、必ずしも「アートを見よう!」と思って作品の前を通っているわけではないのです。一方で、美術館の中では、ある種暗黙のルールに則って、制限がある環境の中で作品鑑賞を楽しみますよね。美術館やギャラリーは、ある程度、鑑賞者の振る舞いを想定できる安全地帯と言えます。
安全な空間で作品を展示することは、もちろんそれ自体に大きな価値があるものですが、時に自己満足で終わってしまう危険性があります。この安全地帯から抜け出すことは、アーティストにとって本当に難しいことだと思いますし、実際そうしているアーティストの数は、全体的にすごく少ないのではないでしょうか。ただ、このリスクをとっていくことで得られる学びがあるのではないか、私はそう信じて活動しています。
「RedBall Project」は、毎日違う場所を赤いボールが転々としていきます。たった数日間、数か所を回遊するパフォーマンスを行うことで、たまたまこのボールを発見した人は「じゃあ次はどこに移動するんだろう」と想像し始めるわけです。それは美術館やギャラリーで作品を鑑賞するのとは、まったく異なる体験と言えます。たとえば、美術館にある絵画を目の前にして「自分だったらこう描くのにな」などとは考えないのではないでしょうか。でも、レッドボールのように自由に街の中を回遊していくタイプのパブリックアートは「自分だったらこうするかも」と観客があれこれ想像を巡らせるスイッチを押してくれるのです。
アートが古びないで生き生きとあり続けるためには、美術館のようなある一定の型にはまり、守られた状態から抜け出して、社会と積極的に関わりを持っていくフレキシブルな側面をつくってあげることが必要だと思います。そういう意味では、私が取り組んでいるパブリックアートとは、ただ見るためのアートなのではなく、鑑賞者を解放する「想像力のアート」と言えるかもしれません。「RedBall Project」はその一例ですが、これにとどまることなく、現在は次の作品の構想を練っているところです。鑑賞者と直接コミュニケーションをとっていくには、いろんなやり方があると思いますが、「RedBall Project」を通して見てきた世界中の人々の反応をヒントにしながら、何を実現していくか考えていきたいですね。
実は日本にはこのプロジェクトをやることになって初めてきたんです。六本木は全体的には「新しい街」というイメージで、21_21 DESIGN SIGHTや国立新美術館など、きれいで新しいエリアが多い印象です。反対に、昔からある伝統的な街並みを見つけるのが難しいかもしれません。東京自体、どの空間にどんな建物を配置しているか、という視点で見てみると、アメリカとはまったく違う手法がたくさんあってそれだけでもとても新鮮です。
レッドボールとともに作家としていろんな都市を巡ってきたわけですが、中には候補にあがったものの、実施には至っていないケースももちろんあります。印象に残っているのは、アブダビでの計画です。アブダビが近代化に向けて街づくりに着手したのは1950年くらいからで、歴史的に見るとそんなに昔のことではないのですが、街のど真ん中にコンクリートと緑でできた、タクシーとバス乗り場があるんです。その場所が気に入って、レッドボールの計画を提案してみたのですが、「そこは古すぎるし、醜い場所」と却下されて。そんなふうに、計画のプロセスやフィードバックから、その街が持つ特有の姿勢が見えてきたりもします。
アブダビでの計画(RedBall Project Abu dahbi)
レッドボールはその街にいる人の特性もあぶり出します。この数日間、写真を撮ったり、触れてみたり、いろいろな方法で遊んでみたりと、さまざま方法で作品と関わる六本木の人々を見てきました。その中で受けた印象は、とにかくみんな忙しそうだということ。「日常を抜け出して自由に遊んでしまおう」とか「ちょっと一息つこう」とか自分を甘やかすのが苦手な人が多いんじゃないかな、と。ニューヨークやロンドンも似た反応があったのですが、毎日を忙しく過ごす都市に暮らす人は「無限に自由になる」ということに関して抵抗があるんです。こういった都市が持つ流れに逆らうような体験やコントラストをつくり出すこともアートが持つ大事な機能だと思っています。
六本木には「ハイ」カルチャーが集積しています。それに対して、いかに「ロー」なものをつくり出すか。たとえば、ローカルなフードマーケットを想像してみると良いかもしれません。六本木の流れの速さに対抗するには、そんなリラックスできる空間があると良いのではないでしょうか。アートを通じて、街を「スローダウン」できたら面白いですよね。
基本的に「RedBall Project」の期間は、最長でも2週間ほどです。今、夏に向けて制作中の作品があるのですが、それは夏の間ずっと継続するようなものです。彫刻作品として制作していますが、イベントを開催したり、プログラムを実施したりできるスペースでもあるんです。「RedBall Project」が短期間のプロジェクトなのに対して、こちらは長期間のもの。東京で新しいプロジェクトを実施する場合は、そんなふうに長く残るものになると良いかもしれません。あるいは、六本木アートナイトのように昼と夜で別の表情を見せるようなものでも良いかもしれませんね。
制作中の作品(「HARBOR」)
取材を終えて......
20年近く「RedBall Project」を続けるカート・パーシキーさん。赤いボールのみ、というシンプルな形だからこそ生まれる「自由さ」は、鑑賞者はもちろん、パーシキーさん自身の想像力やアイデアのインスピレーション源にもなっているようです。いつもとは違った視点で風景を眺めてみると、街を出歩く楽しみが増えそうですね。(text_eisaku sakai)