服を着ることで生活や人生が変化する、そういう人を少しでも増やし続ける存在でありたい。
「A REAL-日常」「UN REAL-非日常」「AGE-時代」を意味する「ANREALAGE」。そのデザイナーをつとめる森永邦彦さんは、「神は細部に宿る」という揺るぎない信念のもと、細かいパッチワーク、人の形を超えた独創的なデザイン、テクノロジーを取り入れた洋服など、想定外のファッションを生み出してきた。日常と非日常を越境することは、ブランドが掲げるテーマでもありますが、会期中の『六本木クロッシング2019展:つないでみる』ではジャンルを超え、さまざまなアーティストらと“つながり”を提示。15年を経たブランドの軌跡とともにモノづくりへの思い、いまと未来のファッションの考察など、たっぷり伺いました。
ANREALAGEは、「A REAL」(日常)と「UN REAL」(非日常)を行き来する、ということを服で表現しているんですけど、『六本木クロッシング2019展:つないでみる』では、それをもう少し個別のテーマで落とし込んだ展示をしています。
今回はふたつの視点があるんですが、ひとつが作品名でもある『A LIVE UN LIVE』。生を帯びているものと、そうでないものというテーマで考えるなか、東京大学の川原研究室と新山研究グループが「低沸点液体」を研究していることを知ったんです。
通常、液体って100℃が沸点じゃないですか。でも、その液体は34℃で沸騰するんです。人の体温に近しいというのも含め、すごくおもしろいなと感じて。これを生かせば、人の肌に触れたときに液体が気体に変わって体積変化を起こし、フラットなものが立ち上がる現象をつくれるんじゃないかと考えたんです。要はしょうゆパックみたいに液体を閉じ込めて、そのパックの中で体積変化が起こって膨らむ。それを利用して洋服に配した花が開いたり、閉じたりする仕組みになっているんです。
本来は人の体温で変化が起こるところ、展示はスタティックなマネキンで表現しなくちゃいけない。マネキンに温度変化をさせるために温冷を繰り返す「ペルチェ素子」というモジュールが搭載された装置をたくさんつけて、形状変化を繰り返させているんですけど、それで液体が本当に揮発するのか、また、どれくらいの分量ならしっかり布が動くのか。そのあたりは、東大のみなさんと6ヶ月程かけてかなり試行錯誤しました。
そして、もうひとつは、光と光でないものを越境しようというテーマ「A LIGHT UN LIGHT」。これは反射の際にプリズムで光の色が変わる、特殊な反射材を洋服に使うことで表現しました。フラッシュ撮影をしたり、自分の目の近くに光源が来たりすると色が変わって、白い服がまったく違う色のデザインになるんです。
ファッションは移ろい、変わっていくもの。デザインの変化はもちろん、春夏秋冬というシーズンをずっと回っているという意味でも、とにかく流れているものがファッションだと思うんです。それを色と形で表現したいと思ったのが、今回の作品の始まりでした。花が咲いて閉じ、光によって色を変えることで、とどまることのないファッションを表現したかった。さらに、『A LIVE UN LIVE』では低沸点液体という水を使っていますが、生命の根源である水をモチーフにすることで、自然界の現象・変化を用いた洋服をつくるという、新たなチャレンジができたんじゃないかなと思っています。
森美術館15周年記念展『六本木クロッシング2019展:つないでみる』
『A LIVE UN LIVE』
『六本木クロッシング2019展:つないでみる』の展示でも根底になった、ANREALAGE の"日常と非日常"というテーマは、15周年を迎えたいまも変わっていないですね。ただ、15年のなかで、5年おきくらいに大きなタームが訪れていて。
3人の仲間が集まり、インディペンデントとして始まったのが2003年。最初はとにかく1着に時間をかけるモノづくりをしていました。初期のハンドクラフトは、とにかく細かいパッチワークや装飾をほどこして、大手のアパレル企業にはできない執念深いつくり方をしていたと思います(笑)。そうやって手を動かして足し算をしていけば、すごく強い洋服にはなるんですけど、どうしても3人でつくれる量は限られる。すると、ビジネスにならないよねっていう臨界点を迎えることになるんです。かといって、生産数を多くするために工場に出しても自分たちがつくっているような味は出せない。結果、5年ほど続けていた手を動かしてつくるという道を、一度バサッと断つ決断をしたんです。
そこからは、一切手を動かさず、とにかく考える方向へと転換しました。ひとつのシャツの形、ひとつのジャケットの形を考えて、考えて、人とは違う視点で洋服づくりをする。そのときに考えたのが、極端に人の体から離れるということ。普通は人の体を原型に洋服をつくるんですけど、人の殻ではないものーーそのときで言うと、『〇△□』(2009S/SCOLLECTION)というテーマで、球体や三角錐や立方体を原型にした服をつくったんです。球体の人間なんていないわけで(笑)、考え方としては、誰にも似合わない服をつくろうということ。誰にも似合わないからこそ、誰しもが着れる可能性を持つ服を生み出そうとしました。洋服における絶対的な定規である原型を変えることで、新しい基準を持った洋服を生み出すことに繋がっていったのだと思います。それ以降は、独自の造形にアプローチするタームが5年ほど続きましたね。
同時に、この時期に3Dや、フォトクロミックという光の照射によって色が変化する技術だったり、別のフィールドの技術に出会ったんです。それが、次の洋服づくりへと繋がっていて。テクノロジーを洋服に落とし込むことで、日常化した技術を洋服づくりに利用していきました。ちょうどブランドとしても、10年を迎えたころ。"道具を変える"ことで、いままでのつくり方を1回フラットにしたんです。思い返すと、ここが本当の意味で"他の人とは違うもの"が生まれた段階なのかなって。「パリコレクション」に進出したのも、この時期でした。
10年を経てから4年半ほどかけて手がけた"光のシリーズ"は、連鎖的につくっていった感覚ですね。最初に影(=『SHADOW』)をテーマにして、次はその影のなかに照らす光(=『LIGHT』)へ、そして、光が今度は反射(=『REFLECT』)して、分光(=『PRISM』)して、他の色に変わるというところへつながり、最後に光は透明(=『CLEAR』)という現象であり、透明な光を真っ黒の中に吸収することで完結する。やっぱり大きなテーマって、簡単には消化できないんです。だから、いろんな角度からアプローチして、5年くらいかけて完結していくんですけど、最初にゴールが見えているわけではなくて。テーマと向きあうなかで、そのときどきに出会ったもの、生まれたものを形にしていった結果、つながったという感じです。
初期のハンドクラフト
『〇△□』
つくってきたものはアグレッシブなんですけど、僕自身はいたってニュートラルな人間なんです。日常と非日常というテーマも、AとZを重ねたブランドロゴもそうですが、どちらか片方を表現したいということではなくて。両方の価値があって、それが混ざり合ったり、逆転したりという表現が好きなんですよね。主張がないと言えば、主張がないのかな。きっとつくってきたものも上辺だけを見ると、いろんなテーマで洋服を壊しているように感じると思うんですけど、僕の中ではテーマや洋服に対しての"圧倒的な敬意"のほうが大きいんです。
それから、服づくりではテクノロジーに関わっていますが、僕自体は文系なんです。そもそも、ファッションって伝えることが難しいもの。世の中には感覚的なデザイナーのほうが多くて、スタイルとセンスと感覚がないとファッションはできないと思われている。でも、ないものは他の人と組んで補えばいいと思うんです。結局、ファッションって、多くの人と協業しないとできないものなんですよね。そう考えたとき、確実に言語化が大切で。自分のなかで、こういう洋服をつくりたい、こういうコレクションがしたいと、イメージができあがっているものを人に伝えるには、言葉が重要だと思うんです。僕の場合は毎回デザインよりも、つくりたいものを言語化してスタッフと共有することが先。逆に共有できなければ、そのテーマ自体に無理があるのかなという判断をします。
一度走り出せば早いんですけど、そのテーマをつくるまでが大変で。もちろん始めたころはつくりたいものだらけでしたけど、15年30シーズンの間に何千着とつくっていると、つくるという行為自体が、ごはんを食べるのと同じくらい当たり前になってしまって。いまは、自分のなかにある"これつくりたかったな"という記憶をたどっている部分もあるんです。
正直、次はつくれないんじゃないかと、悩んだ時期もありました。でも、最近はまた変化して、つくるのが楽しくて仕方ないという、原点にあった感覚が戻ってきています。つくりたいものも、けっこうあるんですよ。なかでも、いま気になっているのは古着。古着加工ではなく、古着自体をつくりたい。どうせなら"古着"や"ヴィンテージ"という言葉の概念を揺さぶるようなものをやりたいですね。そうやって、みんなのなかでイメージがついている言葉を変えることが、僕は好きなんだと思います。