未来の問題をあぶり出し、今、やれることをやろう。
「理系女子アーティスト」として注目を集め、「スプツニ子!」の名で発表した作品が常に話題を呼んできた現代美術家、尾崎マリサさん。現在は東京大学生産技術研究所の特任准教授も務め、2018年12月に国立新美術館で行われていた東京大学生産技術研究所70周年記念展示『もしかする未来 工学×デザイン』でも新作を発表しました。テクノロジーがもたらす未来への展望から、六本木に求めること、そして尾崎さんが目指す"女性が生きやすい世界"への思いまで。会場に訪ねて聞きました。
東京大学生産技術研究所の70周年記念展示『もしかする未来 工学×デザイン』に出した作品は、『幸せの四つ葉のクローバーを探すドローン』。見つけたら幸せになれると言われ、0.001%しか存在しないというあの「四つ葉」を、人工知能を搭載した無敵の探査ドローンが見つける様子を描いた短い映像作品です。
『もしかする未来 工学×デザイン』
着想した場所は、東大の駒場リサーチキャンパス。駒場に、クローバーが群生している原っぱのような場所があるんですね。そこに座っておにぎりを食べていたら、ふと、「四つ葉のクローバーを片っ端から探してくれるドローンがあったら、世界中の幸せが手に入るのか!?」と思ったんです。東大の凄いところは、そういうアイデアを投げかけると、「そのプログラム、書けますよ」と快く引き受け、実現してくれる人がいるところ。実際に、画像認識で四つ葉を見つけるプログラムを書き、ドローンに搭載して見事、完成したわけですが、もちろん、これは、私なりのブラックユーモアです。
四つ葉のクローバーを探すのって大変だし、なかなか見つけられないものを探すという行為は、至極「無駄」だけれど、人間って、無駄のなかに豊かさを見つけることもありますよね。「無駄をなくそう」という言葉のもと、私たちはどんどんテクノロジーを使って効率よく仕事をするようになるんですけど、人工知能と労働、人工知能と効率性を考えるとき、もし、四つ葉のクローバー探しのような、人間らしい「些細な楽しみ」までもテクノロジーに任せてしまったら、いったい、何を喜びとして生きていくんだろう、と。
人工知能で上空から課題を一気に解決するっていうのは、幸せをこうすれば効率よく手に入れられますよっていう、シリコンバレー批判でもあるし、ある種の滑稽さを、私は皮肉として作品に込めているんです。
仕事柄、みなさんから「今よりもテクノロジーが進化した未来の、"わくわくする姿"を描き出してください」というオーダーをたくさんいただきます。政府や企業の宣伝、広告的な意味では"わくわくする"もののほうがいいのだろうし、そのほうが、受け手側の気持ちとしてはハッピーかもしれない。でも、技術の進化がもたらす未来のいい面ばかりを見ていたら、とても危険だと思います。
デジタルでもバイオでも、いろいろな可能性が広がると同時に、いろいろな懸念材料も増える。技術者や研究者には、当然、その「負の可能性」も見えていて、未来との向き合い方や心持ちは、人それぞれだと思うんですね。負の要素そのものと戦おうとする人、未来に絶望しながらも一筋の光を見出そうとする人、いろいろいらっしゃると思うんですけど、私の場合は、今、やれることをやろう、です。
テクノロジーによって未来が良くなるとは言えないし、人類スケールで考えると問題は山積みです。今できることは、その問題をあぶり出し、解決法を考えること。嫌な未来も想像できるけれど、私も未来におけるひとりのアクターだから、綱引きみたいに、自分がいいと思う方向に、引っ張ることはできる。未来は自分がつくれる、という意識をもっているので、楽観はしていないけれど、絶望もしていません。
2017年から東京大学生産技術研究所の特任准教授になり、「スプツニ子!」ではなく、本名の尾崎マリサでみなさんに挨拶をする機会が増えました。『もしかする未来』にも、作品は本名で出しましたし、東大では「尾崎先生」(笑)です。
そもそも、「スプツニ子!」は私の作品のひとつ。私が伝えたいメッセージを喋ってくれるペルソナであり、心強いひとりの「キャラクター」なんです。一方の私自身は、もともと、本当にヘタレで、プログラミングは大好きだけど友だちをつくるのはあまり上手じゃないし、人前に出ることだって得意ではなかった。だからこそ、「スプツニ子!」というキャラに自分ができないことをステージの上でやってもらっていたわけです。
そのキャラがいつの間にかメディアにどんどん出ていって、そこで知り合った人たちには、プライベートでもそのまま「スプツニ子!」でいなければならない。それは、ちょっとしんどいなぁ、と。だから、最近新しくお会いする人には、大学以外でも「尾崎です」と名乗るようにしています。「スプツニ子!」という人は、もちろん今でも存在しています。と同時に、今後、私自身は、また違うペルソナをつくるかもしれない。私が思い描いている「いいと思うほうの未来」に綱を引くためだったら、その手段や肩書き、名前はなんでもいいんです。
東京大学生産技術研究所
「スプツニ子!」
ロンドンに長くいたので、ロンドンと東京での、テクノロジーやデザインに対する捉え方の違いについて聞かれることがあります。私が卒業したRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)を例にいえば、RCAには、世界中の学生たちが集まって議論をしてきた歴史があるので、AIひとつとっても、さまざまな文化から見た、さまざまなコンテキストが存在する。世界には多種多様な社会課題があり、それに対する問題提起への意識は、東京よりロンドンのほうが高いと思います。
あと、RCAらしさというか、先日も感心したのが、プレゼンテーションの自由さですね。理系の人がプレゼンするときって、筋が通ったものしかスライドに入れないんですけど、RCAって、まったく意味がわからないものも入れてくる。先日もロンドンでのワークショップでモビリティの未来についてのプレゼンを受けたのですが、プレゼン前に、土の匂いのついた紙を渡されたんですね。それで、雨の音が流れてきて、何をするのかなと思ったら、結局最後まで、土の匂いにも雨の音にも触れない(笑)。スライドに折り込まれていた映像の展開も早いし、なぜそれがつながっているのか、言語化もされない。
それで思ったのが、プレゼンで「答え」を出されるとそのまま「理解」はできるんだけど、自分の頭の中は広がらない。それに対して、その謎だらけのプレゼンは、自分なりに考えさせられるというか、「わからない」ことで思考を刺激されたような気もして、プレゼンとしては、ただダメなプレゼンなのかもしれないけれど、個人的には、とても好きでした。
最近は東大にも留学生が増えていますし、「RCA-IIS Tokyo Design Lab」にはRCAからの学生もたくさん来ているから、国際的なマインドセットになっていて、とてもいい環境だなと思います。技術力は高いし、優秀な学生も多い。それに加えて、私みたいな人を先生にしてしまうんだから、どんどん変わってきているな、という印象があります。
RCA-IIS Tokyo Design Lab