高速道路の高架を活かし日本の現代建築の粋でつくる「六本木スラブ」
スープ専門店『スープ ストック トーキョー』を展開する株式会社スマイルズの代表であり、国内外で個展を開催するアーティストとしての顔も持つ遠山正道さん。経営者らしいポジティブさに、建築やアートへの造詣の深さが相まって生まれる遠山さんの六本木未来構想は、大胆かつ具体的。話しはどんどん前へと進みます。この日、遠山さんが着てきたのは、「GO FOR FUTURE」のメッセージを発信するアーティスト、遠藤一郎さんによる1点もののシャツ。乗ってきたのは鮮やかなグリーンの愛車で、玩具のミニカーを色見本にカスタマイズしたのだとか。肩書きは社長。パワフルです。
六本木というと、ちょっと猥雑な印象があるんですけれど、その印象をつくっているひとつは、あの交差点の上を通っている高速道路かな、という気がするんですね。地下に埋められればいいけれど、なかなかそうはいかない。だったら発想を転換させて、高速道路の高架を六本木の象徴にしてしまってはどうかと思うんです。昔、女性誌の中吊り広告に「広いおデコは隠すのではなく、パっと出せば人生が変わる」みたいなことが書いてあるのを見て、いい特集だなと思ったんですけど(笑)、短所は長所にもなる。
具体的には、まず防音壁をすべて強化ガラスに変え、雑物を隠すためのカバーも取り払う。六本木交差点から溜池方面に下りていくと、アークヒルズの前あたりの高架は防音壁もカバーもなく、薄くてきれいなんです。見ていたら、玩具の「スーパーチャージャー」を思い出しました。「スーパーチャージャー」は、アメリカのマテル社が出していたミニカー、ホットホイールを走らせて遊ぶサーキットコースセット。60年代後半から70年代にかけて流行ったもので、私の最も古い遊びの記憶のひとつです。谷町ジャンクションあたりの曲線なんて特に、その「スーパーチャージャー」のイメージと重なるんですよね。
とにかく、なるべく要らないものは除いて、薄いスラブ(建築物の床構造)とでも呼ぶ、その床をキラーンと見せてあげたい。できればマテル社から協賛でもとって「スーパーチャージャー」と同じオレンジ色に塗りたいですね。全部ベタで塗るのがダメなら側面だけでもいいので、そのオレンジ色が細くしなやかに渋谷から溜池くらいまでつながっている感じにしたい。
そして、高速道路に街路樹も植えましょう。車で走っている人も気持ちいいし、見上げると、上空に木があるっていうのもいいですよね。薄いスラブに木が生えるのか...... はよくわからないんだけど、まあ、そこは頑張って生やしてもらって、都市の2階部分にも木が立っているという、ちょっと見慣れない風景をつくれればと思います。
せっかくの妄想ですから、もっと妄想を膨らませてもいいですか? 渋谷から溜池方面への高速道路を「縦軸」と呼ぶならば、六本木交差点から東京タワー方面と、乃木坂方面へ走る外苑東通り沿いの「横軸」にも、床を張り出しちゃう。構造としては、片方にしか柱梁がないキャンチレバーで、大体20mずつぐらい張り出されている。つまり、交差点の上が十字になっているイメージです。そこはガラスの温室みたいな場所で、イベント会場でもあるんです。床を張り出すのだから、場所の名前は「六本木スラブ」。
六本木交差点上の高速道路
夜の「六本木スラブ」では、アコースティックバンドのライブやコンテンポラリーダンスの公演などが行われていて、チケットを持っている人だけが入れる。都市ならではの特別な場所なので、ハイエンドブランドのパーティーとか、ランウェイのファッションショーとか、より特別感のあるイベントも似合うでしょうね。その賑わいを、周辺のビルからちょっと遠巻きに見るのもよさそうです。
「六本木スラブ」を手掛ける建築家も決めちゃいましょう。ここはひとつ、日本の現代建築の粋として作りたいので...... 妹島和世さんか石上純也さんでどうでしょう。完成の暁には、世界中の建築・デザイン好きが「おお、これが六本木スラブか」と、巡礼に来る。地上から階段が伸びているんですけど、その階段は「この床をこの細い階段で支えているのかしら?」って思わせるくらい細いのがいいですね。いっそ、縦軸と横軸をつなぐガラスの床も張りましょうか。うーん、これはもう、設計者は石上さんに決定ですかね。
もうひとつの案は、交差点の真上の高架にだけちょこっと丸い床をつくって、バーにする。東京タワーを正面に見ながら、後ろを振り返ると車がビュンビュン通ってる、みたいな。かつての都会の象徴は、見上げる東京タワーだったと思うんです。せっかく六本木なのだから、暗がりからニョッキリ出ている夜の東京タワーの感覚を今の若い世代の人にも感じ入ってもらいたい。
飯倉片町の交差点の上にも同じようなバーをつくりたいですね。イメージ的には京都の川床のような感じかな。高架を活用した六本木の川床。キャンチレバーのほうを石上さんに決めたから、バーのほうは妹島さんにお願いして、彼女の作品の特徴でもある「薄い皮膜」でやっていただけるといいなあ。
この「六本木スラブ」のアイディアは、短所を長所にしていこうという試みと、世界から注目されている日本の現代建築という強みを活かそうという考えです。大事なことは、ただ単に目立つためだけに取ってつけたようなことをするのではなく、本当にそこに目を注ぎ込む価値のあるもの、価値のあることに衆目を集めることです。
なぜ日本の建築が世界から注目されているかというと、日本は住宅のスクラップ・アンド・ビルドも含め何でもアリだから、いろんな挑戦ができる。ヨーロッパなどでは建築物に対する規制が多く、新築の案件はなかなか進まないし、若手建築家の仕事は内装がほとんどだと聞きます。だから、都市の真ん中に、今まで見たこともないような建築物が登場するということは、日本ならではでもあって、どこででもできることじゃない。「これ、パリのシャンゼリゼじゃあり得ない、日本はよくやっちゃうよね」みたいなことを、もっと「ちゃんと」利用していくべきだと思うんです。
六本木だから面白い、というやり方がある。中心で思い切りやる。港区の真ん中に床を張る。六本木という場所のアグレッシブさを読み解き、高いレベルで現実に着地させることができる建築家がいて、その建築を見る側の文化的な準備もある。日本の若者って、建築を専門に勉強していなくても、建築家の名前を3、4人ぐらい普通に言えるじゃないですか。素晴らしいことですよ。
それに、キラーンとした場所が上空にできれば、足元の汚いものもキレイにしなきゃ、という気持ちになるだろうし、ビルのテナント料って1階が高くて、上階は安かったりするのですが、上空がきれいになったら、ちょうど高速道路に面した3階あたりが一番高くなったり、そこにまた新しい価値が生まれるかもしれません。
仕事を通じて私がいま関心があるのは、オーベルジュです。都会と田舎とをうまく連携させて、田舎の良さを生かした宿泊施設兼レストランみたいなものをやってみたい。田舎には「空気がきれい」だとか、「自然がある、食べ物がおいしい、土地が安い」といったいい面もあるけれど、同時にダメな面もたくさんあるし、店を開いてもそんなにお客さん来ないとか、商売上難しい面もたくさんあります。だけど、そのダメな面や難しい面は、私にとって、ある種の可能性にも思えるんです。
スープ専門店「Soup Stock Tokyo」は、ファーストフードの店ってどうしてこうなっちゃうんだろう、ということを変えることから考えました。ネクタイの店「giraffe」も、リサイクルショップの「PASS THE BATON」も同じで、もっとこうしたらいいのに、という工夫から始まっています。つまり、ダメがあるところというのは、新しいことを始める土台としては魅力的とも言えるわけです。
オーベルジュのことを考えていて思うのは、田舎がいいといっても、永住するとなるとハードルが高くなるので、もっと気軽に、行ったり来たりできるといい、ということ。もっと軽やかに、都会のよさを持ち込むのもいいかもしれないし、田舎での仕事のあり方も、参勤交代みたいに1、2年ぐらいだったらぜひ行きたい、という人も多い。もちろん地元の人たちとうまく連携しながらね。そのひとつのわかりやすい方法がオーベルジュかなという感じですね。スマイルズの社員も地方から出てきている人が多いし、彼らが最終的に地元に帰って自分がオーナーになるようなことにつながっていったらいいと思っています。
個人的に一番好きな街は、やっぱり20年近く住んでいる代官山です。ヒルサイドテラスの隣に「代官山蔦屋書店」もできて、いい意味で賑わいがありつつ、ちゃんと落ち着きも保っている。街を共有する者としての心遣いやたしなみが、さらりと浸透している。でもそれを六本木に持ち込めばいいという話しではないし、六本木には代官山にはない多様性があって、それを楽しむことを考えたほうがいい。
ヒルサイドテラス
最初に六本木というと猥雑なイメージがあるって言いましたが、私にとっての六本木は、ただ猥雑なだけじゃなくて、「格好のいい場所」だったんです。かつて飯倉にあったバー『ガスライト』とかね。学生時代に飲みに行くといえば、当時は六本木しかなかったし、年上の従兄に六本木交差点を見下ろすジャズバーに連れていってもらったりもしました。私の最も古い外食の記憶も六本木で、飯倉の『ニコラス』やロシア料理の『ヴォルガ』。あ、『狸穴そば』っていうのもありました。ロシア大使館の手前、狸が出るから狸穴という場所だったのですが。
今でも六本木、来ますよ。たまに私、1人で飛び込みで店に入ってみるんですけど、数カ月前に六本木の奥のほうを回ってみたんですね。そうしたら、2カ所ぐらいで入店を断られたんです、うちは一見さんお断りですって。お客さん誰もいないのに。それって結構気概があるな、て思ったんですよね。今どこだって経営的にはキツイじゃないですか。キツイ中で、ちゃんと断るのは立派です。だから、また今度行ってみようかなと。2、3度行くと、「あなたどっかで見たわね」とか言われて入れるかもしれない。そういう六本木も嫌いじゃないんですよね(笑)。
取材を終えて......
遠山さん自慢の愛車に乗り込んでの撮影は、かなり刺激的でした。六本木交差点を過ぎるとき、遠山さんのナビから割と大きな音で「ポーン!」と音が鳴るのですが、何の効果音なのかは、ご本人もわかっていないそうです。六本木は高速道路も象徴的な建造物なので、うまく活用できたら楽しい街になりそうです。(edit_rhino)