何度も脚を運びたくなる魅力的な店舗デザインを世界中で手掛け、今も世界8カ国でプロジェクトが進行中という森田恭通さん。六本木との接点は遊びでも仕事でも数限りなく、六本木ヒルズ森タワーの屋上で行われている「スカイ・ドリーム・デッキ」も森田さんの最新作のひとつだ。この日、多忙なスケジュールの合間をぬって駆けつけてくれたのは、その「スカイ・ドリーム・デッキ」が展開中の森タワー53階にある「森美術館」。通い慣れた様子で館内を歩き、インタビューも終始リラックスした雰囲気で、話題は森田流アイディアの生まれ方にも及びました。
僕の中には「D(デザイナー)森田」と「A(アーティスト)森田」という2人がいるんです。例えばきっちりとした予算があって、その予算内でビジネスの起爆剤になるような店舗やプロダクトのデザインをするというのが「D森田」。では「A森田」はというと、わりと自由に、やりたいことをやっちゃう。今回の「スカイ・ドリーム・デッキ」はどちらかというと「A森田」としての仕事です。そもそもの始まりは、森ビルさんと「何か面白いことを考えたいですね」という話しになり、いま僕がディズニーのディレクターをやっているので、一緒なら「普通はできないようなこと」ができるかもしれない、と。
スカイ・ドリーム・デッキ
そこで僕は「六本木でしかできないハッピーな提案」をしたいと思ったんですね。ミッキーをはじめディズニーの代表的なキャラクターがアートになって、大人が楽しめるキラキラとした世界を音と光のインスタレーションで出現させたい。六本木だし、ディスコをやろうよ、ミラーボールを作ろうよ、ということで、光を放ちながら回る彫刻に辿りついたんです。
今回のイベントが実現できたのは、アートというキーワードがあったからなんです。ミッキーマウスがミッキーであると同時に、観る人に新しい発見や感動を与えるアートになる。アートだから、ディズニーも森ビルさんも賛同してくれたし、僕も作りたい世界を作ることができた。
「普通だったらできないようなこと」も、アートというキーワードによってみんなが繋がり、実現できる。スパイスのような刺激的なものが生まれる。それって素晴らしいことだと思うんです。
僕がアートを考えるときに大事にしていることは、あまり説明が要らないものであること。解説文を全部読んでから理解したり、読んでも分からないっていうのがあってもそれはそれで面白いと思うんですけど、僕の場合は子供からおじいちゃん、おばあちゃんまで、年齢、性別、国籍問わず楽しめることを大切にしています。
説明が要らないもののほうが、印象に残りやすいし、人に伝えやすいでしょう。「キラキラしていて面白かったよ」とか、その一言がものすごい大切で、「えーとね、説明が難しくてね......」というよりずっと強い。人が人に伝えることで、それがまたいろんな人の輪を作り、見に来てくれる人も増えるし、リピーターにもなってくれる。
六本木は立地的にもいろんな人がアクセスしやすい場所なので、今回のような挑戦をもっとして増やしていきたいですね。「A森田」としてもう一つ六本木で好きなことやっていいですよと言われたら、次は室内でディスコかなあ(笑)。屋上ディスコはヒルズで実現したので、室内バージョンはぜひ、ミッドタウンで。
森美術館
六本木からはちょっと外れるのですが、今僕が携わっている仕事のひとつに、伊勢丹新宿本店のリニューアルがあります。グランドオープンは2013年の3月。デパートメントストアの魅力って、やっぱりエンターテイメントだと思うんですね。僕が子供の頃はデパートで1日中遊べた記憶があるし、あの楽しさをもう一度作りたいと思っています。そのためにいろいろと考えているんですけど、ひとつは各フロアの中心に「パーク」をつくる。「パーク」は美術館のホールの役割を担っている場所で、そこからアートとしての洋服や雑貨を見に行く。
伊勢丹新宿本店再開発
僕が伊勢丹新宿本店でしようとしているのは「買い方のデザイン」なんです。今までと180度違う買い方ができる「世界最高のファッションミュージアム」。内装に高級な素材を使いラグジュアリーにするというような話しではなく、服がアートとなり、美術館の展示室をめぐるように買い物ができる。そういった新しい体験のデザインが、いま必要とされていることだと思います。
都市として一番好きなのはやっぱり東京かなあ。実際に住んでいますしね。昔はパリも好きだったし、仕事の拠点のひとつでもある香港も好きだし、カタールもLAも好き。それぞれの街にそれぞれのよさがある。でもまあ、会社のメンバーと最近ずっと言っているのは、小さくてもいいからLAのマリブあたりに家を1軒持ちたいね、と。
LAのいいところのは、そんなに大きな街じゃないけど、市街地の面白さとマリブあたりのゆっくりした時間の両方が楽しめるところで、街と海のどちらにも近い感じは僕の地元、神戸にも似ています。だから理想は、東京3分の1、香港3分の1、マリブ3分の1みたいな生活ですかね。多分スタッフに仕事して下さいと言われて、東京にすぐ戻されるでしょうけど(笑)
日本と海外の両方に拠点をもって仕事をしていて気づくのは、日本の人ってインプットは得意だけれど、アウトプットが得意じゃないなあ、ということ。パリにオープンしたブティックの情報とか、パリに住む人よりも詳しかったりするでしょ。そのわりには、外に出ないというか、あまり海外で仕事をしようとしない。言葉の問題もあると思いますが、どこか孤立しているような印象も受けます。日本の文化を伝えるということだけではなく、もっともっと、日本人が外に出て積極的にアウトプットをしてほしいと思います。
僕はいま8カ国で同時にプロジェクトを進めていますが、求められるものはどこの国でも同じです。オリジナリティがあって、パワーがあるもの。そして地元の人が喜ぶもの。六本木のお店をデザインするときも同じです。ただ、この街は感度の高い人が多いし、世界中からいろんな人が来るので、六本木らしい「艶っぽさ」を出しながら、オリジナリティをどう表現していくか、他にはない緊張感はありますね。
若い頃の僕にとって六本木は憧れの街。ベトナム料理の「ADコロシアム」や芋洗い坂にあったレストラン・バー「東風」など、先輩方が作った面白い場所がたくさんあって、関西から深夜バスで来て、たっぷり遊んでまた深夜バスで帰るみたいな時代がありました。この街は「世界中の面白い人が集まる街」だと思ったし、遊びながら刺激をいっぱい受けました。その経験が、今僕が作っているお店やアートのベースになっています。
だから、仕事で六本木の店の内装を自分が手掛けることになったときは、うれしかったですね。一番最初は「ビタミネ東京フレンチ」。ちょうど「WAVE」の裏あたりにありました。今では手掛けた店を挙げるとキリがないけれど、東京シティビュー(六本木ヒルズ展望台)の中にあるレストラン「マドラウンジ」、六本木ヒルズの「MOTHER's食堂」、東京ミッドタウンの「オランジェ」、「りそな銀行」、六本木7丁目にあるバー「六七」、8月にオープンするバー「D」、「Feria Bldg.」もそうです。思えば、仕事を始めてからはいつも必ず六本木のどこかに接点がありますね。それはいわゆる「アート」とは違うかもしれないけれど、いろんな発見があって、いろんな人が交わって、いろんな化学反応が起きるような場所を作ってきたという思いはあります。
orangé
六本木には渋谷にも日本橋にもない独特の「緩さ」があると思うんです。その緩さの中に刺激というか「スパイス」がいっぱいある。そんなに大きなエリアでもないのに、今でも世界中からいろいろな人が集まってくる。昔は夜だけが賑やかだったのかもしれないけれど、今は昼間も人が集まってくるでしょう。
その理由は「ここに来たら何かあるんじゃないか」という期待感だと思うんですね。宝物探しにも似ているかもしれません。人の出会いであったり、魅力的な物であったり、これだけ近距離にギャラリーや美術館が集まっているところもないし、とにかく何かを、発見しに来ているんでしょうね。再開発でオフィスも増え、ミッドタウンの中のスーパーマーケットみたいに生鮮食料品が買えるような場所もでき、ランチで行きたい店もいっぱいある。朝、昼、晩、ミッドナイト...... いつも何か動いているというのも六本木ならではだと思います。
そのおかげで僕としては今や六本木は朝シャン(シャンパン)、昼シャン、夕シャン、夜シャンできる街(笑)。例えば、昼はグランド ハイアット東京のステーキハウス「オークドア」のランチミーティングで昼シャン、打ち合わせして夕方になって、じゃあ、ちょっと飲む? と言って、夕シャンして、そのままディナーになって、夜シャン、じゃあ、もっと飲む? ってことになってヨナシャン。それで朝シャンになる。で、眠るみたいな(笑)。
そんなこと言ってると、僕は毎日ずっとふざけているみたいですが、真面目に仕事もしているんです。僕はプランを描くときペンは持たないんです。設計の段階になりディテールや寸法を決めるときには持ちますが、プランの段階でペンに頼ると、形から考えてしまう。美しいもの、格好のいいものを考えようとしてしまう。それより、普通に飲んでいるとき、街で綺麗な人とすれ違って「あんな人にお客さんに来てほしい」と思ったり、親子連れを見ながら、親子で入りやすい場所について考えたり、そういう日常の生活の中でアイデアが出ることが多いんです。作ろうとしている場所に、誰に来てもらいたいのか。根本的なことをとことん考えて、頭の中で編集していく。お店もアートもストーリーがないと、まとまらない。
実は六本木にはまだ開発されていない場所もいっぱいあるし、この街の面白さを掘り起こしていくチャンスはまだまだあると思うんです。例えば「R2 SUPPER CLUB」というバーが最近六本木にできたんですけど、そこ、夕方から盛況で、人の波をかき分けていかないと入れないくらい盛り上がっているんですよ。日本人は少なくて、お客さんのほとんどがビジっとした服装の外国人。今はコミュニティがざっくりしているけれど、この街に集まってくる「世界中のいろいろな人」をもうちょっと細かく見ていくと、今の六本木ならではの、もっと面白い集まりができるかもしれません。
経営者の人たちにはどんどん六本木に出てきてほしいし、いろんなチャンスを見つけてほしい。そして僕はここで、人が出会い、新しい化学反応がいっぱい起きるような場所をこれからも作り続けたいと思っています。
取材を終えて......
「六本木は朝シャン、昼シャン、夕シャン、夜シャンできる街」と聞いたとき、「だから髪が綺麗なのか......」と森田さんの頭髪に注目してしまいましたが、シャンプーではなくシャンパンのことだったんですね。インタビュー中、森田さんは終始ニコニコしていて、リラックスした空気が流れていました。(edit_rhino)