デザイン&アートの街・六本木は、アートギャラリーが集積する場所でもあります。今回のツアーでは、日本最大のアートの見本市「アートフェア東京」のプログラムディレクターを務める金島隆弘さんをガイドに、六本木エリアの3つのアートギャラリーを巡りました。まずは金島さんによるアートマーケットのレクチャーからどうぞ。
「ギャラリーは、美大やスタジオなどに行ってアーティストと話をしながら自ら展覧会を企画したり、美術館での展覧会に協力をしながらビジネスをしています。つまり、アートマーケットの窓口を担っているということですね。よく美術館とギャラリーにどう違いがあるのか聞かれますが、美術館は自らの文脈を構築しながら展覧会を企画し、作品を展示します。一方、ギャラリーは文脈を考えるだけでなく、アーティストのプロモーションを意識しながら作品を展示し、販売をすることでビジネスを維持し、スペースを運営しています。ですから、美術館では入場料がかかりますが、コマーシャルギャラリーは入場料を取らないかわりに、展示している作品のほとんどを販売しているんです」
「アート界の仕組みをわかりやすくいうと、美大などの教育機関と、美術館などの研究機関、ギャラリーなどのマーケットに分かれ、このトライアングルの中で作品が流通しながら、価値が決定していきます。それらを繋ぐ役割としてメディアがあり、広く社会に美術の情報を発信しています。たとえば、ある作品の動きを見てみましょう。美術を教える学校や、自らのスタジオなどで制作された作品がギャラリストの目に留まると、ギャラリーやアートフェアなどで紹介され、販売されます」
「作品が最初にコレクターに渡る市場をプライマリーマーケットと言います。プライマリーで作品を扱っているギャラリーでは、作品が慎重に値付されており、その金額から極端に値段が下がることは少ないと言えます。一方、オークションが扱うのは、一度コレクターの手に渡った作品。これをセカンダリーマーケットと呼んでいます。ここでは需要と供給で値段が変動するため、アーティストの人気度や作品の評価を測る目安となるわけです」
「日本の主要なギャラリーは東京や大阪といった大都市に集まっています。東京ではかつてそのほとんどが銀座にありましたが、現代美術のマーケットが大きくなっていくにつれて、そのエリアが広がってきました。東京都現代美術館ができると清澄白河に現代美術のギャラリーが集まりましたし、六本木にも森美術館ができてからはその数が増えましたね。今日はその中から、『ワコウ・ワークス・オブ・アート』『ヒロミヨシイ六本木』『タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム』の3つのギャラリーを回りましょう」
「ギャラリーの面白さは、ギャラリストがいろいろな場所から見つけてきた作品が展示されていて新しい発見があるところ。しかも、買って自宅に飾れる。私も最初はアートの仕組みをよくわかっていなくて、作品を買ったのはこの仕事に就いてからでした。20万円くらいだったのかな、『高いなー』なんて思いながら(笑)。でも、価格にはちゃんとした裏付けがあるので、作品は資産にもなるんです。実際に私が買った作品は、美術館からの展示依頼もありましたし、今では80万円くらいの値段がついていると思います」
「美術品の価値のひとつの基準は、欧米のルールに基づいた評価体系です。そういったグローバルマーケットに作品をどう乗せていくかを、国際的な視野のあるギャラリストは常に考えています。高度経済成長の頃の日本では、日本独自のルールによって日本でしか流通しない作品でもとても高い値段がついていた時期もありましたが、それが今は通用しなくなってきています。現代美術のマーケットの中心はやはりニューヨーク、そこでの価値づけが一つの目安となり、そのトレンドが世界に広がっていると言ってもいいでしょう。また、お金の流れと美術の流通は連動する傾向にあるので、セカンダリーマーケット、つまりオークションなどは、香港やロンドンなどのような大きな金融市場のあるところも強いですし、最近は中国や中東も盛り上がりを見せています」
「先ほど美術館から展示のオファーがきたと話しましたが、ギャラリーは作品の販売記録を管理しているので、取り扱っているアーティストが展覧会をするときには大事な情報源になります。プライマリーのギャラリーが扱っていないような有名な作家の場合は、オークションレコードも参考になりますが、オークションは落札した人を公開しないルールがあるので、作品の行方がわからなくなってしまうことも。美術館はそのような状況でもいろいろなネットワークを駆使して作品を探します」
たどりついたピラミデビルには、最初に訪れた「ワコウ・ワークス・オブ・アート」をはじめ5つのギャラリーがあり、金島さんによれば、2011年頃にいくつかのギャラリーが一緒に移転してきた"ギャラリーコンプレックス"。さっそく、ギャラリーの中に入ってみることに。
「ワコウ・ワークス・オブ・アートは、もともとは初台にあったギャラリーですが、設立20周年を機にこのピラミデビルに移転。隣にある草間彌生さんなどを扱う『オオタファインアーツ』というギャラリーも、同じタイミングでこちらのビルに入りました。ヨーロッパの現代アートなど、海外のアーティストを積極的に日本に紹介しているギャラリーです。まず、スタッフの方に展示について説明していただきましょう」
「今は常設展で、メインのスペースではロンドンを中心に活動しているフォトグラファー、横溝静の作品を展示しています。ヴェネチア・ビエンナーレなど海外での展示も多く行っている作家です。奥のスペースでは、こちらも2015年のヴェネチア・ビエンナーレでアメリカ代表に選出されたジョーン・ジョナスというパフォーマンスアートのパイオニアと、東京都写真美術館と国立国際美術館を巡回したフィオナ・タンというオランダの作家、合計3名の作品を展示しています」(武笠さん)
「私はギャラリーに入ったらまずざっとすべての作品を観て、そのあとで気になったものをじっくり鑑賞します。だいたいのギャラリーはカウンターにプライスリストを置いているので、それも必ずチェックしますね。売れたり予約が入っていたりすると印がついているので展覧会の評判がわかりますし、作品の値段はアーティストのキャリアを知る上での参考にもなるので。ちなみにこちらの作品は57万円(※写真内の3点)。ギャラリーでは分割での支払いなどの相談にも乗ってくれますよ」
「ギャラリーの展示には、オーナーの方のポリシーが表れています。ワコウ・ワークス・オブ・アートはドイツにゆかりのある作家が多いですね。六本木全体では、海外のアーティストを扱っているところが多いでしょうか。たとえば、下町にあるギャラリーなどでは比較的値ごろ感のある日本人の作品のみを扱っていることもありますが、ここ六本木ではビジネスの観点からそれなりの価格の作品を扱う必要があると言えると思います。もちろん、その値段はグローバルな基準に基づくものです。では、次のギャラリーへ向かいましょう」
「作品を購入するということは、アーティストやギャラリストを支えることにもつながります。日本には大小含めてとても多くのギャラリーがあり、メセナ活動(文化支援活動)の一環で企業が運営することもありますが、ほとんどが作品を販売するコマーシャルギャラリーです。日本は若手アーティストを育てる土壌をなかなかつくれていないと言われていますが、昨年からはコマーシャルマーケットに対しても、文化庁の支援がスタートするなど、コマーシャル側の要素も含め若いアーティストを育てる体勢も少しずつ整ってきたように感じます」
「こちらのヒロミヨシイ六本木は、清澄白河だけでなく、2010年にここ六本木にもスペースを開設しました。写真家の篠山紀信さんなどが所属し、現代アートを中心にいろいろなキュレーターやギャラリーの方と組んで展覧会を行う、ユニークなスタイルのギャラリーです。また山梨県にある清春芸術村を運営していたり、六本木のここにはバーも併設していて、噂によると芸能人のお忍びスポットにもなっているらしいですよ(笑)」
「私たちは主に現代アーティストの作品を、写真、絵画、彫刻を問わず、幅広く展示しています。入り口にあるタイヤの跡の作品(※1点前の写真右)は、タイのリクリット・ティラヴァーニャという作家のものです。ウィンドウ側の12点セットの作品(※ページ冒頭の写真)は、篠山紀信の『晴れた日』という写真集からのもの。奥の3点は杉本博司の建築シリーズから、グッゲンハイム美術館、光の教会、バラガンハウスの写真作品をリトグラフに起こしたものです。壁沿いの5点(※下の写真)は、横尾忠則のY字路の作品から、5点を版画にしています。いずれも、ヒロミヨシイエディションで制作したものです」(坂本さん)
「今『エディション』という言葉がありましたが、エディションとは作品が複数あるということ。デジカメで撮って複製すればいいと思う人もいるかもしれませんが、ギャラリーが制作数を管理し販売することで、美術品としての価値が担保されています。エディションをつくるときには、ビジネスとして成り立つかどうかをギャラリストが考えて企画し、アーティストと相談しながら制作を進めていくパターンが多いですね」
「たとえば杉本さんの作品は、オリジナルだと数千万の価格で流通していますが、エディションの作品を制作することで価格を抑えられ、購入できる人も増えます。また、この横尾さんの作品は45枚のエディションがあって、1点18万円だそうです。エディションの数やサイズによって価格が決定されますが、リーズナブルなエディションは購入できる層の裾野を広げているとも言えるのです」
「これから訪れるギャラリーのディレクター・石井孝之さんは、ここのほか、実は先ほど訪れたピラミデビルでも、『モダン』というギャラリーを運営しています」と金島さん。到着したのは、AXISビル。こちらの2階にある「タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム」を見学し、最後は質疑応答を行ってツアーを締めくくりました。
「写真を軸に扱っている『タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム』は、2013年にこちらにオープンしたばかり。4階には同じく写真を扱う複合スペース『IMA CONCEPT STORE』もあります。日本の写真への評価は年々高まっていますが、ここでは国内外の作家を広く扱っていて、海外での評価もとても高いギャラリーです。では、ギャラリストの方に話を聞いてみましょう」
「現在はリナ・シェイニウスの日本初の個展『Exhibition 03』を開催しています。リナはスウェーデン出身でロンドンを拠点にしている写真家。日本の写真にも造詣が深く、荒木経惟さんがとても好きだそうです。プライベートなあらゆる場所にカメラを持ち込んで撮影している点には、荒木さんとの共通点をみることができるかもしれません。価格はエディションによって異なりますが、一番小さい作品はエディション数が15、価格も4万円からご紹介しています。若手ならではの落ち着いたプライスです」(菊竹さん)
「ここ数年、日本の写真に対する海外からの評価がとても高まっています。2008年に世界最大級のアートフォトフェア『パリ・フォト』で日本特集が組まれたのを皮切りに、とくに戦後のヴィンテージ作品への注目が集まっていますが、まだ充分に紹介されていない作品や作家も多いので、これから紹介していきたいですね。お客様は海外からも多くいらっしゃいます。声をかけていただければ、作家や作品についてご説明しますよ」(菊竹さん)
「みなさん、今日はありがとうございました。3つのギャラリーを回って、アートのマーケットについての基本をご理解いただけたでしょうか。最後に、ご質問があればどうぞ」
――ギャラリーは作品販売の場ということですが、なぜあまり接客をしないのですか?
「都市伝説的にお金を払うまで外に出さないなんてギャラリーがあったと言われます(笑)。積極的な接客を行うところもありますが、特に現代美術のギャラリーでは、しつこい接客をするところはまずないと思います。逆にお客さんのほうから聞かないと説明してくれないくらいなので、ぜひ、あまり怖がらずに声をかけてください。質問に答えるのも仕事ですから、やさしく答えてくれますよ」
――美術館と違って、ギャラリーの中があまり装飾されていないのはどうしてですか?
「まず単純に費用対効果の問題ということがあります。美術館は、行政の予算や入場料等の収入をベースに計画されたプランやストーリーに沿って作品を見せているのに対して、ギャラリーはあくまで作品の販売でビジネスが成り立っている、その違いですかね。またアーティストの作品そのものに対峙する空間と考えれば、過剰な装飾はあまり必要ではないとも言えるのではないでしょうか」
――現代美術の価格はどうやって決まるんですか?
「基本的にはギャラリストが、アートマーケットの現状や今までのビジネスの経験を踏まえ、アーティストと相談しながら決めていきます。また美術館での個展やグループ展、トリエンナーレなどの国際展に出たりすると少しずつ値段が上がっていくし、ほかにも有名なキュレーターによる記事や論文、本が出版されるなど、学術的な裏付けがつくことでも上がりますね。値段を付けて作品を販売するということは、ギャラリーとアーティストが一緒になって頑張っていきましょうというスタートの合図。分配はアーティストとギャラリーで半分ずつシェアするというのが基本的な考え方となっています」
「3月20日に開催する『アートフェア東京2015』には、今日訪れたようなギャラリーのほか、企業やパートナーを含め140軒ほどが出展します。作品を購入する第一歩としてはとてもいい機会だと思いますので、ぜひお越しください。ギャラリーではどうやって値段を確認すればいいのか、一点ものは高くてエディションは買いやすいとか、そんな知識を持って作品を観ると、以前とはまた違って見えるかもしれません。ギャラリーは、作品と個人が対峙する時間を尊重してくれる場所。これからは、ぜひ緊張せずにギャラリーを楽しんでくださいね」
金島隆弘(かねしま・たかひろ)
1977年、東京都生まれ。FEC代表(2008-)兼アートフェア東京ディレクター(2010-)。横浜市創造界隈形成推進委員会委員。FECでは、アーティストの制作支援や交流事業、東アジアの現代アートの調査研究等を手掛ける。2002年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、ノキア社、株式会社東芝、東京画廊+BTAPを経て、2007年よりFEC(ファーイースト・コンテンポラリーズ)の設立準備、2008年4月より横浜ZAIMにて活動を開始。日本や中国、台湾、欧州等で、現代美術から工芸、ファッション、メディアアートなどの展覧会やアートプログラムを企画。主な展覧会として、「Asia Cruise:物体事件/Object Matters」(台北, 2013)、「Find ASIA-横浜で出逢う、アジアの担い手」(横浜,2014)など。また、横浜にて中国とのアーティスト・イン・レジデンス交流事業を2008年より担当し、滞在アーティストによる展覧会「失眠鎮/吉磊」(2014)などを企画。