日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の年鑑『Graphic Design In Japan』2014年度版の発行を記念し、東京ミッドタウン・デザインハブにて開催されている「日本のグラフィックデザイン2014」展。第11回六本木デザイン&アートツアーでは、この企画展を、サントリー「伊右衛門」やトヨタ「LEXUS」などのアートディレクションで知られる永井一史さんと一緒に巡りました。その様子をお届けします。
「日本のグラフィックデザイン2014」展の会場に集まった参加者のみなさんを前に、まずはガイドを務める永井さんからのごあいさつが。この企画展には、JAGDAに所属する約3000人のクリエイターの作品から選りすぐったものが展示されています。
「つまり、この展覧会は最新の日本のグラフィックデザインの断面図のようなもの。デザインは地域振興やエデュケーションなどの領域にも広がり、すごい勢いで進化している。そういった状況を、今日のツアーでつかんでもらえればと思います」
各カテゴリーを代表する10作品には「JAGDA賞」が、さらに全応募作品の中からもっとも輝いている作品とその制作者には「亀倉雄策賞」が与えられます。ツアーのスタートは、その亀倉雄策賞を受賞した葛西薫さんのポスターから。
「ヒロシマ・アピールズ」は、毎年選ばれたひとりのクリエイターがデザインする、平和希求のポスター。この作品は、JAGDAと並び日本を代表するデザイン団体、東京アートディレクターズクラブでもADCグランプリを受賞、「今のグラフィックデザインの最高峰」と永井さんも絶賛していました。
「『平和とは?』というような概念的なアプローチではなく、原爆で亡くなった20数万人の中のひとりの人生の断面を通して広島を表現している。葛西さんが『原爆が落ちたときは真っ青な空だった』と聞いた記憶も発想の起点になっていて、ランニング姿の男性が見ているのは、B−29なのか原爆なのかわからないけど、そういう一個人の存在の重みや積み重ねた人生を奪ってしまう瞬間を切り取っている。原爆の悲劇をこれまでとまったく違う形で表現した、すばらしいポスターだと思います」
「僕はふだんポスターを貼ったりしないんですけど、できあがってからすぐに購入して、今でもオフィスに貼ってあります。葛西さんはこの作品を手がけるとき、今まで培ったデザイナーとしての技術を捨てて、ひとりの人間としてゼロベースで向き合ってつくったと言っていました。そういう気持ちが、シンプルな手描きの線で表現されていますよね。アートと違って、デザインはコミュニケーションです。見た人の頭の中に原爆の悲劇を創出させる設計があるところが、デザインとして優れていると思います」
ここからは、各カテゴリーのJAGDA賞受賞作品が続きます。まずは「CI・VI・シンボル・ロゴ・タイプフェイス」カテゴリーから選ばれた作品。作者の石川竜太さんは、新潟で活躍しているデザイナー。地域の固有性や文化性をベースにした人材が出てきたことも、今年の傾向だそう。
「これ、何て書いてあるかわかりますか? 『まいどや』という酒販店のロゴで、『ま』という文字を回転させているんですね。こうやって『実はこのロゴってね』と話すことで納得感があれば、それでコミュニケーションが取れる。日本に古くからある造形性を咀嚼してつくられた、現代的なロゴマークです」
「こちらは『新聞広告・雑誌広告』カテゴリーの受賞作で、サントリーのウイスキー『白州』の新聞広告です。作者の池澤樹さんは、自然の素材から生まれ、白州の自然で育まれたウイスキーを表現するために、彫刻家に森や鳥を彫ってもらったそう。広告全体が木版画の作品のようなところがとても魅力的です」
続いて、原研哉さんの「HOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBITION」の展示へ。こちらは、「環境・空間」カテゴリーの受賞作で、お台場・青海で行われた家にまつわる大規模なイベント。
「仕事をリタイアした方が自宅をリノベーションしたり、スマートハウスが増えていったり。これからの日本の暮らしの可能性を、家を中心に可視化した試み。隈研吾さんや伊東豊雄さんといった建築家や、無印良品やホンダといった企業とコラボレーションして、デザイナーによる展覧会をはるかに超える規模で開催されました。これもデザインの広がりの極北というか、今までにない新しい試みだと思います」
さまざまなメディアを横断しながら表現する作品を対象とした「複合」カテゴリーの受賞作は、20万人以上を動員した「デザインあ展」。
「佐藤卓さんは、見た目のデザインの背後にある、 "デザインの考え方"みたいなことを伝えていきたいという思いから、NHKと一緒に実現させた番組が『デザインあ』、そのエッセンスをリアルな場で表現したのが、『デザインあ』展。子どもたちが楽しそうに遊んでいたり、普通の展覧会とは違う、デザインの枠を広げたすばらしい企画でした」
「『デザインあ』展、みなさんは観に行きましたか?」など、ツアー参加者に語りかけながら、作品を詳細に解説していく永井さん。真剣かつ楽しそうな様子にひかれ、近くを通る一般のお客さんも立ち止まって耳を傾けていました。
「これは『ジェネラルグラフィック』というカテゴリー。お皿やグラスなど、グラフィックデザインの表現する領域が紙のメディアを超えて、日用品や生活用品にまで広がっているのが、ここ10年くらいの顕著な傾向なのですが、そうした分野を牽引しているデザイナーのひとりが植原亮輔さんです」
「Every Little Thingの持田香織さんから、『手書きのテイストでやってほしい』という依頼があったそうで、定規や瓶のふたといったアナログな道具でデザインしている。植原さんにとっても挑戦だったようですが、たんに意味を伝えるということを超えたチャーミングさがありますね」
「ブックデザイン」カテゴリーは、亀倉雄策賞にも輝いた葛西薫さんが同時に受賞。これは、スイスの著名な建築家ペーター・ツムトアの文章と作品が収められている本。
「葛西薫さんはポスターもすばらしいんですが、ブックデザインでも、素晴らしい装丁をたくさんつくっています。表紙に貼った布は、テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんにわざわざつくってもらったという、こだわりの一品です」
「まいどやのロゴでも紹介した石川さんの、もうひとつの受賞作品で、これは『パッケージ』のカテゴリーです。先ほども日本的なデザインをするとお話ししましたが、これも、もっと年配の人がつくったんじゃないか思ってしまうほど大人っぽい。ご本人は38歳なんですけどね。デザインがたくさん並んだ中で、際立って見える。伝統的でありながら先端の時代感がある表現ではないでしょうか」
「インタラクティブデザイン」で受賞したのは、永井さんが「コンスタントにとてもいい仕事をしているデザイナー」と紹介してくれた、菊地敦己さんによるウェブサイト。
「色を変えても、拡大縮小しても、情報のクオリティがまったく変わらない、デジタルならではの面白さがありますね。モチーフもセンスにあふれていますが、印刷のように固定化されていない、デジタルによるインタラクティブな可能性そのものを表現化したということが、作品の肝になっていると思います」
JAGDA賞、最後の10作品目は「映像」カテゴリー。映像やウェブサイトといった分野の作品をどう扱うかは、これまでJAGDAにとって大きな課題だったそう。
「ここ数年、そうした作品を積極的に評価していこうという流れがあります。こちらは、映像の動きが持つ"滑らかな快感"とポエティックな表現が相まって、この分野でダントツの一番、満票を集めました。すごく質の高い作品なので、ぜひYouTubeで見直してみてください」
続いて紹介してくれた「JAGDA新人賞」には、毎年3人のクリエイターが選出されています。JAGDAにとっても新しい人材を発掘する重要な賞で、永井さん自身、1999年に受賞しています。
「これは原野賢太郎さんの作品。デジタル処理でインクが垂れているような表現が面白いですね。新人賞は、このポスター1点だけではなく、数点の作品をまとめてトータルで評価するんです」
「左側の作品は、大原大次郎さんによるライブ告知ポスターですね。タイポグラフィの領域を中心にしながら、カメラマンとコラボレーションの展覧会をしたり、映像作品をつくったり、デザインの可能性を拡げる活動をしています。もうひとり、右側の作品は鎌田順也さん。これまでも注目されていた北海道のデザイナーです。この方も地方在住のデザイナーですね。今年晴れて新人賞を取ることができました。新人賞は39歳までが対象なんです」
ここからは、カテゴリーごとに作品が展示されているエリアへ移動。フロアの中心にたくさんのポスターが吊るされ、壁面にある棚にはさまざまなプロダクトが並びます。「前半で時間を使いすぎてしまいましたね(笑)」と言いながら、解説はまだまだ続きます。
「このあたりは『パッケージ』のカテゴリーで、お店で実際に売られている商品も展示されています。このペットボトルも、実際に販売されたもの。新聞がメディアとしての力を持ちづらくなってきたなか、今までと違うチャネルで新聞の情報力をプレゼンテーションできないかという新しい試みです」
その隣にある「ジェネラルグラフィック」カテゴリーの作品群を見ると、デザインの領域が広がってきていることがよくわかるといいます。
「たとえば、長嶋りかこさんは、注目されている若手のアートディレクターで、自分でアクセサリーをデザインしています。彼女は商品そのものをデザインし、パッケージもつくって、販売する。そういうふうにグラフィックデザイナーの領域も広がっているんですね」
最後は、フロア中央に吊られているたくさんのポスターを鑑賞。「なんだかんだいって、アートディレクターはポスターが好き(笑)」なのだそう。
「ポスターの醍醐味は、つくる人によってテイストもデザインも違うということ。写真を使う人、イラストレーションを使う人、全部手で描く人もいます。デジタル化が進んでも、デザイナーが伝えたいことを表現する場としてのポスターは、これから先もなくならないし、増えていく可能性だってある。見た目だけでなく、これはどういうことを伝えたいのかな、と考えながら見るとより楽しめると思います」
「これは宮田裕美詠さん。今日も何度か地方のデザイナーが頑張っているという話をしましたが、彼女も、以前から富山でいい仕事をしているデザイナーのひとり。昨年、新人賞を獲りました。不思議な空気感があって、僕自身も大好きなんです」
「こちらは、日本を代表するアートディレクター、服部一成さんの作品。いつもはもっと遊びっぽいというか、ある種破綻させたようなデザインを得意にしているんですけれども、これはそんなに破綻してない(笑)。ふだんの作風を知っていると、服部さんのこの復興支援の仕事に対する役割の真摯さが感じられて、とても心に響いてきます」
解説の最後は、JAGDAの会長でもある浅葉克己さんが手がけた、ISSEI MIYAKEの照明器具「陰翳 IN-EI」のポスター。ちなみに浅葉克己さんは東京タイプディレクターズクラブの理事長でもあります。
「三宅一生さんのデザインした照明のポスターです。浅葉さんは、文字の起源を学んだり、石川九楊さんに書を学んだ書家でもある。そんな浅葉さんの文字に対するこだわりが、ロゴやデザインに現れています」
作品鑑賞後は、隣接するセミナールームへ移動し、参加者のみなさんと質疑応答。また最後には、永井さんが、作品の見方、デザインのこれからについても話してくれました。
――いろんな表現があるなかで、選考の基準になる「いいグラフィックデザイン」とは?
「JAGDAでは、選考委員を選ぶために、会員全員が投票をするんです。作品選考は、そこで選ばれた約30人の価値判断に委ねられるので、基準を言語化するのは難しいですね。見たこともない新しいものがいいと言う人もいるし、HOUSE VISIONのようにデザインの拡張性や社会的な意味を評価する人もいる。評価要素はさまざまあっても、作品を見た瞬間の1、2秒で、自分の知識と感性で判断して選んでいくのではないでしょうか」
――他の国と比べて、日本のグラフィックデザインの特徴があれば教えてください。
「たとえば、ポスターなどの領域においては、日本は世界的なコンペティションでも上位入賞をずっと続けている。それは、俵屋宗達や尾形光琳など、日本の美術や工芸の歴史的な積み重ねが、グラフィックデザインの豊かな土壌をつくっているからという話もあります。僕がカンヌの国際広告祭で審査をしたときは、コンセプチュアルな海外の作品に対して、日本の作品には言語化しづらいものが多いと感じました。でもそういう俳句的というか、ポエティックな部分は日本の特徴だし、強みかなと思います」
――今日のツアーで、地方のデザイナーの活躍を改めて知りました。これからもこの傾向は続きますか?
「今、地方を見ると、デザイナーがきちんと関わった仕事が出てきているし、東京のお店でもそういうものが並びはじめていますよね。これまでは地方のお店やメーカーがデザイナーに力を借りるという発想自体が少なかったのかもしれません。今後は、都市部で先行して行われていたように、デザインの力を地域の産業に生かそうという動きがより増えていくでしょう。今年の選考結果にも、その流れが現れているのかなと思います」
「今日は、たとえば1枚のポスターの背後にあるものについて話をしました。人工物はすべてデザインされているともいえますから、その背後に何があるのかを感じてもらうと、デザインをより深く見られるはず。また反対に、自分の考えや思いをデザインで形にしていく、その方法論はいろんな局面で必要になってくるでしょう。僕はデザインがもっともっと広がっていっていいんじゃないかと思っているんです」
永井一史(ながい・かずふみ)
アートディレクター/クリエイティブディレクター
(株)HAKUHODO DESIGN代表取締役社長
1985年多摩美術大学卒業後、博報堂に入社。2003年、HAKUHODO DESIGNを設立。企業・商品のブランディング、ソーシャル、コミュニケーションデザインなどの領域でデザインの可能性を追求し続けている。2007年、デザインによる社会的課題の解決に取り組む「+designプロジェクト」を主宰。2008~11年、雑誌『広告』編集長。毎日デザイン賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリなど国内外受賞歴多数。ADC会員、JAGDA会員。
information
『GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2014』(六曜社/16,200円)
日本グラフィックデザイナー協会の会員が出品した約2440作品のうち、入選した約600作品が掲載されたデザイン年鑑の2014年版。日本のグラフィックデザインの現在を伝えつつ、データベースとしての性質もあわせ持った作品集。「日本のグラフィックデザイン2014」では、年鑑に掲載された作品のうち約300点を実物とモニタで展示している。