第10回となる六本木デザイン&アートツアーでは、これまでと少し趣向を変え、写真のワークショップを開催しました。講師は、六本木未来会議のクリエイターインタビューで、連続した3コマのメインビジュアル(No.1~31)を撮影していた写真家・平野太呂さん。プロカメラマンによるレクチャーのもと、参加者のみなさんが「3コマ写真」の撮影に挑戦したツアーの様子をレポートします。
ワークショップは、まず、レクチャーからはじまりました。冒頭は平野さんの自己紹介から。アメリカ西海岸の空のプールを撮影した処女作品集『POOL』(リトルモア)や、クリエイターの仕事場を収めた『東京の仕事場』(マガジンハウス)、多部未華子さんのフォトブック『1/25(イチガツニジュウゴニチ)』などの作品がモニターに映し出されます。
「中学生の頃からスケボーで遊んでいて、スケートボード専門誌『SB』ではフォトエディターをしていました。アメリカの西海岸では、底の丸くなった空のプールの中でスケボーを滑るんですが、雑誌でそれを取材したことをきっかけにできたのが『POOL』という写真集。僕の仕事は基本的に雑誌が多くて、多部未華子さんの写真集のように、女の子を撮るような仕事は珍しい。緊張しちゃうんですよね(笑)」
「僕はなるべく自然に、自分が思ったように撮ろうとしています。プールを撮っても女の子を撮っても同じ作風なら、それが結果的に個性なのかもしれません。自分ではわからないので、(個性は)誰かが判断すればいいと思っていますし、観る人によって捉え方が違ってもいいんじゃないかと思っています」
そんな平野さんが、六本木未来会議の立ち上げ時から手がけていたのが、現在も続いている「クリエイターインタビュー」の3コマ写真。連続した3コマでストーリーを展開させる形にしたのは、編集者のアイデアから生まれた"作戦"だったのだそう。
「これだけ有名なクリエイターの方々と、正面から対決するように写真を撮ると、こっちがボロボロになる。続けていたら廃人になってしまいます(笑)。3コマ写真というのは、悪くいえば逃げだし、良くいえば視点を変えるという方法。それが、六本木未来会議というウェブサイトに適した落とし込み方なんだろうと思います」
「これは、会田誠さんと辛酸なめ子さんが登場した回の写真。美術館では、よく作品の横に監視するおばちゃんが座っているじゃないですか。その人と美術品との関わりがまったくない、自分の作品なのにまったく関知しませんみたいな、しらばっくれている感じが面白いなと思って(笑)。このふたりなら、そんなイメージをわかってくれるかなと思って、提案してみました」
また、平野さんがとくに印象に残っているというのが、葛西薫さんと廣村正彰さんの回。撮影中のこんなエピソードも教えてくれました。
「葛西さんはアートディレクターだから、自らディレクションしてくれたんです。『こんな感じ?』って言いながら、足を一歩踏み出してくれたり。シャッタースピードが遅いこともわかってくれていたのか、ゆっくり動いてくれたりして、すごくやりやすかった。そのスマートさがすごいなって思いましたね」
「こうして振り返ってみると、3コマ写真には、同じ場所でカメラは動かさず人物に動いてもらう場合と、バラバラな場所で3枚撮って、文脈や物語を感じさせる場合の2パターンがあります。その人の作品を入れる場合には、その人と作品との関係性を重視して撮る場合もありますが、やっぱり、最後にはオチのようなものがあるといいですね」
レクチャーの最後には、小山薫堂さんの回で撮影を行った、穴の空いた巨大な大理石のパブリックアート「意心帰」がある地下1階へ。これから撮影に向かう参加者のみなさんに、平野さんからこんなアドバイスが。
「小山さんを撮影したときは、3コマ目で作品の中に入ったら面白いなと思ったんです。その意図を説明して理解してくれたから、小山さんも中に入ってくれました。そういう『面白み』をどこに見出すか。初対面で話し合うのは難しいかもしれませんけど、ぜひアイデアを出し合って撮影してみてください」
「意心帰」前でのレクチャーのあと、参加者のみなさんは2人1組に分かれて、実際に3コマ写真を撮影することに。公平を期すために、撮影中は平野さんからのアドバイスはなし。それぞれ愛用のカメラやスマートフォンを手に、六本木の街で30分間、自由に撮影をしてもらいました。
こちらの女性2名は、これから自分たちでもワークショップを開催したいと思っていて、そのヒントを探るため今回のツアーに参加したという友人同士。以前はよく六本木にも遊びに来ていたそうで、東京ミッドタウンの館内あちこちを眺めながら、作品のテーマを相談しあっていました。
館内を出て、21_21 DESIGN SIGHT のほうへ移動した2人が足を止めたのは、6月15日まで開催されていた「コメ展」のポスター前。どうやら、ここで3コマ写真を撮影することに決めたようです。ああでもない、こうでもないと、しばらく撮影を続けていたところ、たまたま平野さんが通りかかりました。
すると、ふたりから、平野さんに「撮ってもらえませんか?」とのお願いが。今回のワークショップでは「持参したカメラかスマートフォンで3コマ写真を撮る」ということだけが決められているので、他の人に撮影をお願いしても問題はありませんが......。
写真のワークショップで、講師のカメラマンにシャッターを切ってもらうという斬新なアイデアに、平野さんも苦笑い。それでも、ふたりのディレクションに従って、何度か撮り直しにも応じてくれました。
こちらのワークショップでたまたまチームになったというふたりは、水辺で撮影中。この日は気温が高く、夏のような陽気で、被写体の女性が気持ちよさそうに水に足をつけている様子を撮っていました。「初対面の人にここまでさせていいのかな(笑)」と言いながらも、他の人とは違う作品にしたいと、この場所を選んだそう。
他にも、友人同士で参加したという男性ふたり組は、相談しながら、芝生広場へ。他にも、ミッドタウン・タワーに六本木の交差点、公園、路地裏など、みなさんさまざまな場所で撮影をしていたようです。
やがて30分間が過ぎ、集合場所のワークショップ会場へ参加者が次々と戻ってきました。撮影したたくさん写真の中から、これだと思った3枚を選んで作品を構成。みなさん、カメラのディスプレイを見ながら、真剣にセレクトしていました。
写真のセレクトが終わったあとは、3枚の写真をモニターに映しながら、全8組の参加者ペアが順番に作品を発表していきます。今回のツアーレポートでは、そのうちのいくつかの作品を、参加者と平野さんのコメントをまじえてご紹介していきましょう。
こちらの作品を撮影したのは、今回、唯一男女のペアだったふたり。「僕らは初対面同士だったんですが、カップルが観光地で記念写真を撮ることをイメージしてみました。六本木のいろんな場所で、そのとき近くにいた人に撮ってもらったんです」と、男性の参加者。
一方、相方の女性も、「六本木にいる私たちふたりを、たまたま六本木にいた人に撮ってもらう。そのアクションを通して、この街と関わりがもてた30分だったかなと思います」と、作品のテーマについて話してくれました。
「3枚とも、ふたりの立ち位置が変わらないのがいいですね......今は逆だけど(笑)」と、細かな構成としっかりしたコンセプトを評価しつつ、平野さんからはさらに作品性を高めるアドバイスが。
「そもそも、初対面なのにすぐ考えて行動して、パッとプレゼンできるのがすごいですね。もう一歩深めるとしたら、撮影を頼んだ人のカメラで撮ってもらって、その人にメールアドレスを渡して写真を送ってもらっても面白かったかもしれません。たとえば10人くらいにお願いして、届いた写真だけで3コマをつくってみるとか」
こちらは友人同士で参加した男性ふたり組の作品。タイトルの意味は、「僕は高橋といいますが、未来に対して不安な気持ちがありまして......」とのこと。背景には、それぞれ異なる"六本木のテクスチャ"を選んだのだそう。
「六本木も未来に向けて発展しているので、僕も発展していかないといけないんですけど......やっぱり不安です」と高橋さん。
こんなトリッキーな作品についての、平野さんの解説は......。
「背景のテクスチャが、実は六本木じゃなくても成立するっていうところが面白いですね。それがひとつの大きな『ボケ』になっている。あんまりマジメに説明するほどのことじゃないですけど(笑)」
写真がモニターに映し出されると、平野さんからはすぐに「3枚目がいいですね!」との声が。そう、こちらの作品は、撮影中に平野さんに写真を撮ってもらっていたふたり組。「3枚目は僕が撮っているから(笑)」というタネ明かしに、参加者もびっくり。
ふたりは岡山県出身、中高の同級生だそうで、「東京に来たばかりの頃を思い出して、田舎者が六本木に来たときの特徴的な写真を撮ってみました」とのこと。展示は見ていないのにポスターだけを撮り、ツイッターに投稿して......という行動を3コマにしたそうです。
「1枚目の写真の構図なんて最悪だけど、それもコンセプトに合っている。この短時間で、自分たちのルーツを見つめ直しているところがすばらしいですね」と、平野さんも評価していました。
「みなさんの作品を見ていて、やっぱりやりすぎないことが大切なんだなと思いました。いろんな要素を入れすぎずに、ひとつの小さなきっかけだけで展開したほうがいい。これは、3コマ以外の写真にもいえることかもしれません」
もっとも印象に残った作品として、最初の「六本木に行ってきました」を挙げた平野さん。「このふたりには絶対に仲良くならないでほしい(笑)。電話番号以外、プライベートな情報は一切交換しないまま、これを六本木以外のいろんな場所でやってもらいたいですね」とのこと。
レクチャー、撮影、発表、講評と、およそ2時間にわたって行われたワークショップも、以上で無事終了。最後は、平野さんからのメッセージでレポートを締めくくりたいと思います。
「写真って、撮るだけじゃなくて、撮る前に何を撮るか考えたり、撮ったあとに編集したりする楽しみもあります。今回は、みなさんにその面白さを感じてもらえたらいいなと思いました。今後も写真を続けていくのであれば、撮影する以外の部分にも踏み込んでみると作品がより深くなると思いますので、ぜひやってみてください。今日はありがとうございました」
平野太呂(ひらの・たろ)
1973年東京生まれ。武蔵野美術大学で現代美術としての写真を学び、その後講談社でアシスタントを務め、より実践的な撮影技法を学ぶ。スケートボード専門誌『SB』立ち上げに関わり、フォトエディターを務める。広告、CDジャケット、ファッション誌、カルチャー誌で活躍中。プライベートや取材などで広がった国内外の交友関係を生かし、さまざまなアート活動をしている人達の発表の場になればと、2004年渋谷区上原にギャラリー「NO.12 GALLERY」を立ち上げる。主な作品に、写真集『POOL』(リトルモア)、CDフォトブック『ばらばら』(星野源と共著/リトルモア)、『東京の仕事場』(マガジンハウス)など。