TOUR REPORT

第6回 六本木デザイン&アートツアー 森山明子氏による「日本のデザインミュージアム実現にむけて展」特別ギャラリーツアー

第6回 六本木デザイン&アートツアー

update_2014.1.15 / photo_ryumon kagioka / text&edit_kentaro inoue & yosuke iizuka

現在、21_21 DESIGN SIGHTで開催されている「日本のデザインミュージアム実現にむけて展」は、これまでに21_21 DESIGN SIGHT で行われた23の企画展を「FINDING」「MAKING」「LINKING」「CREATING」4つの視点で再構築したもの。同展の企画者のひとり、デザインジャーナリストで武蔵野美術大学教授の森山明子さんをガイドに巡ったギャラリーツアーの様子をお届けします。

21_21 DESIGN SIGHTは、日本の「デザインミュージアム」のひな形、または実験場。

 ツアーのスタートは、21_21 DESIGN SIGHTのオープニングを飾った「安藤忠雄 2006年の現場 悪戦苦闘」展のパネルの前。安藤忠雄さんが設計した21_21 DESIGN SIGHT完成までのプロセスを眺めながら、森山さんは参加者のみなさんに語りはじめました。

「かつて三宅一生さんが『造ろうデザインミュージアム』という記事を新聞に書き、その機運を高めるためにこの施設はできあがりました。今回は『日本のデザインミュージアム実現にむけて展』。総合的なデザインミュージアムがもしあったとしたらどんなテーマがふさわしいのか。それを探るために、これまで行われた企画展を再構成してみようという趣旨です。今までの展示を見た人も見ていない人も、一度に23の企画展をおさらいできる、おトクな展覧会でもあります(笑)」

海外から見た日本のデザインは、精緻でハイブリッド。

「日本のデザイン」の特質を考えるにあたって一番わかりやすいのは、海外に日本のデザイン展をもっていく場合だと、森山さんは言います。

「1975年に行われた『包む・日本の伝統とパッケージ展』。実はこの展覧会、世界中を巡回して、各地の美術館の入場者数記録を塗り替えたんですよ。これほど世界で評判になったきっかけは、1972年に、あるシンクタンクが『成長の限界』という報告書を出したこと。内容は、石油、石炭、ガスなどの主要な原料は100年以内に枯渇に向かうというもの。そのタイミングでこの展覧会が開催されて、日本人はこんなに資源を大切にして、自然の素材を生かして......と、世界に衝撃を与えたんです」

「それから1978年の『間―日本の時空間』、1980年の『ジャパンスタイル展』が続きます。ちょうど日本が、オイルショックや円高を乗り切って経済力も工業力もピークに達している頃。日本はあんなに長い歴史があるのに、どうして新しいことにもチャレンジできるのか、日本のデザインが『ハイブリッド』だということは今でも言われています。そして、折り目正しくて精緻。2008年の『WA:現代日本のデザインと調和の精神』あたりになると、『カワイイ』といった新しいイメージも加わります」

神の創造にも匹敵するような作品群「CREATING」。

 展示スペースへ移動すると、そこには、いくつかのキューブ状のブースが。これまでに開催した23の展覧会のうち、「CREATING」に分類されたものが集められていました。「デザイナーとアーティストを一緒にすると呼び名がないので、クリエイターと言ってしまうんですが、クリエイションとは、もともと神の創造、つまり天地創造のこと。ここに集まっているのは、それに匹敵するような方々ばかり」と森山さん。

「こちらは『U-Tsu-Wa/うつわ― ルーシー・リィー、ジェニファー・リー、エルンスト・ガンペール』展のブース。ルーシー・リィーさんは陶芸家として成功する以前、第二次世界大戦時にロンドンに亡命して、衣服のボタンをつくっていたんです。そして、亡くなるときに『デザイナー三宅一生さん、私のボタンはすべてあなたに託したい』という文を残していかれました。ですからここにあるボタンは、ルーシーさんから贈られたものです」

『倉俣史朗とエットレ・ソットサス』展です。2人は17歳離れていますけど、本当にお互いを尊敬していました。今日の私の赤い帽子は、クリスマスということと、ソットサスの赤いタイプライター『バレンタイン』をちょっと意識しています(笑)。隣の椅子は、倉俣さんの『ミスブランチ』ですね。倉俣さんはすごくすてきな、夢のような作品をつくる人。お土産にもらった造花を椅子にしたんだそうです」

「三宅さんが新聞にデザインミュージアムの記事を書くきっかけとなったのは、2002年に田中一光さんが亡くなられたこと。現代的なものと日本的なものをクロスさせた天才的なデザイナーの軌跡をたどる『田中一光とデザインの前後左右』展。彼は『日本の伝統色』といった既製の色のチップを使わない人で、色の箱にとってあった実際の印刷物をちぎって色指定をしたそうです。また、このポスター作品は、海外への輸送費を抑えるため12枚のパネルに分割できます。物流のことまで考えてデザインされているんですね」