PROJECT REPORT インタビューで得たクリエイターのアイデアを、リアルな場で実現する「アイデア実現プロジェクト」

六本木未来会議アイデア実現プロジェクト#07 「六本木未来大学 by 水野学」 第4回 「嶋浩一郎さん、人が動く編集って何ですか?」講義レポート

update_2016.3.2 / photo_ tsukao / text & edit_kentaro inoue & yosuke iizuka

博報堂で企業のPR活動に関わり、雑誌『広告』の編集長を務め、現在はクリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を立ち上げて、企業広告から本屋B&Bの運営まで多彩な仕事を手がける嶋浩一郎さん。2016年2月15日(月)に開催された講義で語ってくれたのは、クリエイティブディレクションのキーとなる「インサイト」と、メディアごとに異なる「作法」について。その内容を、ぎゅっと凝縮してお届けします。

欲望は、目の前に出されてはじめて自覚するもの。

「アウトプットがきちんとワークするのは人々の欲望をとらえているから。20年間、企画の仕事をしてきて、これは真理に近いと思っています。人の欲望、マーケティング的には『インサイト』と言いますね。よく企画書に『ターゲットのインサイトは』なんて言葉が登場しますが、残念ながら、真剣にインサイトのことを考えている企画って世の中にそんなにないのが実情。今日はインサイトをどうとらえるかという話からはじめたい」

例として嶋さんが挙げたのが、2004年のグーグルの広告。今でこそIT業界トップのグーグルも当時はまだ数多あるIT企業のひとつで、「とにかく優秀な人材が必要」という課題を抱えていました。

「普通の広告会社なら、『優秀な学生はこんなウェブサイト見ていることがわかりました、そこにバナーを貼りましょう、コピーはどうしましょう』なんて話になると思うんです。でも、この広告を手がけたアメリカの広告会社、クリスピンポーター・アンド・ボガスキーはまったく違っていました。ボストンの駅の出入り口に白い横断幕を掲げて、『{first 10 digit prime found in consecutive digits of e}.com』とだけ書いたんです。日本語に訳すと『自然対数の底"e"の中で最初に出てくる連続した10桁の素数.com』。意味わからないですよね」

実は、広告に書かれていたのは数学の超難問。ウェブサイトで正解を入力すると『ようこそグーグルへ、あなたを採用します』というメッセージが出てきます。つまりこれが採用試験で、グーグルはこのキャンペーンで100人以上のエンジニアを採用したのだそう。

「これ、普通の人には意味がわからないですよね。でも、めちゃ頭のいい理系の学生はこの横断幕を見た途端、『この問題はオレが解かなきゃ誰が解く』みたいな気持ちになるわけです。彼らはすぐさま家に帰ってこの難問に取り組む。そういう意味でこの広告は実際に人を動かしてワークしているんです。重要なことは、この広告をつくった人は『難問を解きたい』という理系の人の欲望が見えていたこと。でも、実際に問題を解いた人はその欲望に気付いていたかというと、そうでもない。別に彼らは『難問解きたいので出題よろしく』とブログに書いていたわけではないでしょう」

インサイト(=欲望)は、「何が欲しいかわからなかったけれど、それが目の前に出現したとたん、あたかも前から欲しかったように感じる」もの。欲しいものは意外と言語化できていない、欲望のうち言語化できているのはほんの数パーセントだ、と嶋さん。

「言い換えれば、インターネットでは自分の欲しいものの数パーセントしか検索することができないということ。僕はB&Bという書店を経営しているけど、欲しい本が決まっていればそれはネット書店で買ってもらって結構だと思っている。リアル書店は別の役割があるから。みなさん、リアル書店では買うつもりのない本を買ってしまいませんか? でも、その本は欲しかった本なんです。リアルな本屋は言語化できていない欲望が言語化される場。なぜなら、本屋はほんの数分で世界一周できるから。B&Bは30坪の小さな店ですが、天文学、歴史、ワイン、スポーツとあらゆるジャンルの本がある。それらを見ることで潜在的な欲求が刺激されるわけです。もうひとつ重要なことは、人は自分の欲望を言語化してくれた人に感謝するということ。買うつもりのない本を買ってしまう書店を『この店は自分の好みをわかってる』と思っちゃうでしょ」

ただし、本人がそれに気付いていないわけだから、言語化されていない欲望を見つけるのはとても難しいこと。近年話題のビッグデータも、「データ化」されている、つまりすでに顕在化した欲望を細かく整理整頓しているので、新しい潜在的な欲望を言語化することには応えられない、と言います。

「博報堂の新入社員は、研修でタウンウォッチングをさせられます。これがすごく重要で、たとえば、近ごろゲームセンターにシニアが多いな、とか、ベビーカーにペットを乗せている人が多いな、なんて現象が見えてくる。そこに、世の中の欲望の胎動が見て取れるわけです。『おひとりさま』って、要は上司や同僚とごはんとか食べるのが面倒で、自分ひとりでいたいという欲望を持った人たちのことでしょう。でも、僕らは『おひとりさま』って言葉が誕生する前に、きっとひとりで食事をしている『おひとりさま』を目撃していたはずです。ただ、新しい欲望とは気付かなかった。新しいものは街にしかないし、すべての欲望は日常生活の中から発見されるんですよ」

【クリエイティブディレクションのルール#1】
街の中からインサイトを発見する

「文句」は欲望に変換できる。

潜在的な欲望をクリエイティブに生かした例が、嶋さんが創立メンバーのひとりとして立ち上げた「本屋大賞」。全国の書店員の投票で決まる文学賞で、これまで大賞に選ばれた作品はすべてミリオンセラーとなり、注目を浴びています。誕生したきっかけは、書店員の文句からだったという嶋さん。多くの書店員から「なんで、あの作品が直木賞なんだ」という話を聞いたそうです。

「人の文句って、欲望と限りなく近いイメージ。だから僕は文句を言っている人が大好きなんです。スーパーのレジで店員に文句をいってるおばちゃんがいると、メモをしちゃうわけ。たとえば『なんで、このお魚三つに切って売ってないの』という文句は、『切り身の魚が欲しい』という欲望と同じですよね。だから、『直木賞、なんでこの本を選ぶんだ』っていう文句は『オレには別に売りたい本がある』っていう欲望のこと。そのインサイトを受け止める装置が本屋大賞です」

本屋大賞に選ばれた本が売れているということは、インサイトに応えている証拠。嶋さんが「社会記号」と呼んでいる、「美魔女」「ちょいわるオヤジ」「シロガネーゼ」などの新語も、社会の欲望をメディアが言語化ししたことでそのスタイルが定着しました。

「社会の暗黙知だった欲望を誰かが言語化することによって、新たな市場や文化が生まれます。大事なことは、本人が気づいていない欲望を発見してくれると人は感謝する、そこに対価を払うということです。グーグルのCTOがビッグデータを賞賛して『21世紀にもっともセクシーな職業は統計学者だ』と言っていますが、インサイトを発見する広告制作者や編集者も、負けずにセクシーだと思うんです」

【クリエイティブディレクションのルール#2】
欲望を言語化して新たな市場を生む