昨年、大きな話題を呼んだ「リオ2016大会閉会式 東京2020フラッグハンドオーバーセレモニー」。2017年2月22日(水)、そのクリエイティブディレクターを務めた、Dentsu Lab Tokyoの菅野薫さんが六本木未来大学に登場しました。これまで菅野さんが手がけてきた多彩なプロジェクトを紐解きながら「チームでいいものを生みだす方法」を語った講義の様子をどうぞ。
これまでさまざまなプロジェクトを手がけてきた菅野さんの代表作のひとつが、天才的なF1レーサー、アイルトン・セナの走行を再現するプロジェクト「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」。Hondaに残されていた24年前(制作時)のセナの走行データを使って、鈴鹿サーキット上でセナの走りを光と音で再現するというものです。
「そもそも依頼されたのは、モビリティカンパニーHondaらしいエンタメアプリを提案するという内容でした。2案出して両方実現したんですが、そのうちのひとつが、歴代のHonda名車のエンジン音でドライブできるという『Sound of Honda』という企画。Honda好き向けの、なかなかマニアックな企画ですよね。その案を提案するときに、このアイデアの広がりを説明するために、オプション案として『この音を再生する仕組みを応用すれば、あのセナが鳴らしたエンジン音とかも再現できちゃいます!』という内容を企画書に入れていたんです。たいていの場合、そういうオプション案って無視されるものだけど、『これいいね!』って言っていただいて。それから1年半以上の期間をかけて実現しました。クライアントも巻き込んで、どうやったら実現できるかから考えた、本当に夢のあるプロジェクトでした」
紙としてだけ残存していたセナの走行データをHondaのエンジニアの方から受け渡されたとき、菅野さんは未発表の古い写真やレコードを発見したような気持ちになったと言います。「あの日、あのときに、彼は間違いなくここに立っていたんだ」。データからわかるのは、アクセルの踏み方、ギアの位置、エンジンの回転数、スタート地点からの距離だけ。その一つひとつを解析し、鈴鹿サーキットにLEDとスピーカーを配置、セナの走った軌跡を再現していきました。
「データだけは彼が生きていたことを証明しつづけてくれるなという感じ。CM業界の先輩たちがやってきた、エモーショナルなストーリーで人とブランドとの絆をつくるということに挑戦したいとずっと思っていたのですが、テクノロジーでの表現ってなかなかそうはならない。テクノロジーからうまれた表現ってなかなか泣けないんです。よくできたウェブサイトを見ながら号泣してる人なんていないじゃないですか。だからこそ、テクノロジーという自分の武器から逃げずに、エモーショナルなストーリーを表現してみたいって思っていました。このプロジェクトでディレクションしたのは、セナ自身の映像も一切出ない、光と音しかない、Hondaという企業による大切な仲間への深い祈り。光を見つめ音を聴くことで、みんながセナを想い、心の中でセナを感じるものにしようということ」
ちなみに、鈴鹿サーキットの周辺には山があり、走行音がやまびことなってエコーが響くのだそうです。そのやまびこを再現するためのスピーカーまで用意したという裏話も教えてくれました。
「ある日、サウンドエンジニアの澤井(妙治)くんが電話してきて『大変です、やまびこが再現できません!』って(笑)。結局、一切映像に映っていないのですが、セナに失礼だっていう理由で、やまびこを再現するためだけにラインアレイスピーカーを山に向かってぶっ放したっていう。想いだけですからね、無茶苦茶です。楽しかったですね」
【クリエイティブディレクションのルール#6】
テクノロジーであっても、エモーショナルなストーリーをつくる
また、フェンシングの第一人者・太田雄貴さんとのプロジェクト「Fencing Visualized」についても紹介してくれました。これは、モーションキャプチャーとAR技術を駆使して、フェンシングのスピーディで複雑な動きや技をわかりやすく表現するというものです。
「フェンシングって古代からずっとあるし、知名度の高いスポーツなのに、ちゃんと理解している人がすごく少ない。ルールも結構複雑だし。フェンシングは試合を観ていても状況がわかりにくくて、テレビで中継されたりする機会も多くないのもあって、なかなか競技人口が増えない。だから、まずは競技としてわかりやすくなる、面白くなる表現を追求しようって」
使用したのは人の体の動きをデータ化できるモーションキャプチャーカメラ。それ自体は昔からハリウッド映画のVFXなどで使われているよく知られた技術ですが、スポーツ中継に使ったらどうかというのがそもそもの発想の起点。剣先の軌跡や、相手に剣が正確に当たったかどうかをわかりやすく可視化し、テクノロジーの力でフェンシングの理解を促し、エンターテインメント化しました。
さらにそれだけに留まらず、競技者の筋肉の動きや心拍、瞳孔を解析し、ビジュアライズすることで、トレーニングに役立つようプロジェクトとしても発展。現在もプロジェクトは継続し、進化しています。その後、国際競技場の最後の日、最後の15分間のセレモニーの企画演出をしたり、国立競技場最後の姿を、参加者全員が撮影した写真で残すプロジェクト「FUTURE TICKET」などを経て、「リオ2016大会閉会式 東京2020フラッグハンドオーバーセレモニー」を担当することになりました。
「フラッグハンドオーバーセレモニー」のプロジェクトには、クリエーティブスーパーバイザーを務めた佐々木宏さん、同じくクリエーティブスーパーバイザーと音楽監督に椎名林檎さん、総合演出と演舞振付にMIKIKOさん、そしてクリエーティブディレクターとして菅野さんが参加。「すごく追い込まれたけれど、これでもかってくらい、たくさん考えました。本当にやってよかった、楽しい仕事でした。」と振り返り、講義を締めくくりました。
ときに会場から大きな笑いが起こるほど、軽妙な語り口でこれまで手がけてきたプロジェクトを話してくれた菅野さん。講義のあとには、質疑応答の時間が設けられました。「僕、講演をやっても誰も質問してくれないことが多くて(笑)」と言うものの、今回は菅野さんにさまざまな問いかけが。その様子をどうぞ。
最初は「菅野さんの美的感覚の原点は?」という質問。これに対し、クライアントや状況によって作風は変わるものの、Honda「インターナビ」のプロジェクトなどを例に、なるべく余計な情報を削ぎ落とし、伝えるために必要な情報だけが際立つようにデザインしていると話してくれました。
「僕はもともと音楽やっていました。そこから、コンピュータでの表現に興味を持ちました、新しい楽器に触れるようにテクノロジーに関わってきた。テクノロジーは道具で、獲得するのは感情です。同じように、音楽からテクノロジーの世界に入った人が同世代には多いんです。そして、そういう人たちと一緒によく仕事をしています。だからツーカーの間柄というか、そういう感覚の人たちとチームを組んでいるからあまり齟齬がないのかもしれません。」
【クリエイティブディレクションのルール#7】
同じ文化を共有する人とチームを組む
次の問いかけは、プロジェクトを考える際、伝えるべきメッセージと使うテクノロジーのどちらを優先しているのかというもの。
「優先とかではないです。テクノロジーは表現のための手段なので。活版印刷の発明で聖書が広まったように、基本的な構造として、テクノロジーの進化が新しいメディアをつくり、そこにふさわしい表現が生まれます。メディアごとに適切な表現の方法がある。たとえば、メールとラインだと、最終的に伝えたいことが一緒でも、文章の内容も長さもテンションも変わるでしょう? メディアの温度感に合わせてメッセージの置き方は異なってくるから、そこの関係性を考えるのが僕の仕事。だから、メッセージとテクノロジーを切り離して考えることはないですね」
【クリエイティブディレクションのルール#8】
テクノロジーはコミュニケーションの手段。メッセージを切り離して考えない
「チームでの自分の立ち位置をどう考えているのか」という質問もありました。菅野さんの答えは、「チーム内で自分がどう貢献できるかについて、常に自覚的になる」というもの。
「自分のできることや得意なことに意識的な人は多いと思います。でも、大きな仕事をいい形で実現するためには、自分にはできないこと、不得意なことを自覚することが大事なんです。自分でできないこと、上手ではないことを最高のプロフェッショナルに依頼するからチームができる。バンドみたいな感じで。自分にできないことに自覚的だから、一緒に仕事する人への敬意や感謝が生まれる。そして逆に立ち返ってそもそも自分は何が貢献できているのだろうと意識しながら仕事をすることになります。だから、一番最初に申し上げたように、一緒に関わってもらうチームのためにも絶対いい形でプロジェクトを実現したい。だから、僕の役割は実現するために必要なこと、残り全部みたいになることが多いです」
【クリエイティブディレクションのルール#9】
自分にできないことができる人と、敬意を持ってチームをつくる
(5人目)
最後の質問は「継続して結果を出し続けるために大切なことは?」。
「あんまり、楽な方法はないです。ひとつは、なるべくたくさん考えて、やってみること。試してみた10個のうちひとつでもうまくいったらいいなという感覚で、いろんな可能性を見つけて試すといいと思います。もうひとつ、突然天才的なひとつのアイデアが浮かぶことって、ほとんど起こらないんです。チームのみんなで200個、300個とアイデアを考えていく中で、もうないよっていうときに初めて新しい組み合わせが見つかるみたいな感じでやっていますね」
【クリエイティブディレクションのルール#10】
たくさん考えて試した結果、大切なひとつのアイデアが生まれる
ただし、どんなにいいアイデアや組み合わせを生み出したとしても、実現しないことには意味がないというのが菅野さんの考え。ふだんからやりたいことをたくさん持っておいて、企画はどんどん出して、実現のために時間を割くべきだと教えてくれました。
「新規性があったり、常識的ではないアイデアを言い出すと、笑われるか、めっちゃ怒られるわけですよ。でも、言い出さなければ実現の可能性はまったくない。自分で歯止めをかけていたら、何も起こらないんです。だから正しいと思うことは子どもみたいに無邪気に、まずはまっすぐな目で言い出してみる。そして大人の目線に切り替えて、それが実現するためのありとあらゆる方法を考えてやれることは全部やる。がむしゃらに。それがもっとも重要だと思っています」