91 小林武史(音楽家&音楽プロデューサー)前編

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数え切れないほどの名曲を世に送り出してきた日本屈指の音楽家・小林武史さん。近年、小林さんは音楽を軸としながらも、アート、デザイン、食、農業など多様な領域を横断し、新しい出会いや価値観を提供してきました。六本木もまた、多様な文化を内包した街。小林さんの視点で見る都市の可能性とは何か? それは現代の社会の合理性からこぼれ落ちる自然、営み、生命観につながっていきました。

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update_2018.4.11/ photo_mariko tagashira / text_nanae mizushima

若き頃の知的好奇心を満たしてくれた六本木。

「シネ・ヴィヴァン六本木」

1983年開館。「六本木WAVE」開業と同時にオープン。第1回上映作品は、ジャン=リュック・ゴダール監督の『パッション』。ゴダールと言えば、トリュフォー、ルイ・マルらと並び、ヌーヴェル・バーグ(フランス語で「新しい波」を意味する)の旗手として知られている。その後もヨーロッパを中心とするアートシネマを上映し、日本のミニシアター・ブームの火付け役的な役割を担う。1999年に閉館。

ビクトル・エリセ監督 ビクトル・エリセ監督

スペイン出身の映画監督・脚本家。1973年に発表した『ミツバチのささやき』が圧倒的な評価を集め、日本でも繰り返しスクリーンで上映されている。その後、長編作品としては『エル・スール』(1983年)『マルメロの陽光』(1992年)を発表。その他にオムニバス作品などで短編を発表しているが、長編がわずか3作のみということもあり、寡作な監督として知られている。
発売元:アイ・ヴィ-・シ-
価格:DVD¥3,800+税 Blu-ray¥4,800

 六本木は、時代とともにかなり変貌を遂げてきた街だと思います。僕が最初に印象に残っているのは1960年代の六本木。当時の六本木と言えば、隣町の飯倉片町にあるイタリアンレストラン「キャンティ」が有名で、さまざまな文化人が集う大人のサロンとして憧れの場所でした。常連客のなかにはまだ10代だったユーミンがいて、ユーミンはその「キャンティ」での交流が、デビューにつながるんです。僕自身はユーミンより少し下の世代で、下北沢や三宿界隈で遊ぶばかりで六本木はまだ遠い存在でしたけど、その飯倉片町を含む六本木の知的なムードやカルチャーは肌で感じていました。

 その後、六本木は多国籍なカルチャーが入り混じりながら、ちょっと猥雑な部分が強くなっていきましたけど、80年代に入ると、「六本木WAVE」(以下WAVE)とその地下にあった「シネ・ヴィヴァン六本木」(以下シネ・ヴィヴァン)の存在が新しい六本木カルチャーを生み出していった印象があります。

 僕自身、その頃からスタジオミュージシャンとして活動を始めているんですが、WAVEやシネ・ヴィヴァンの入ったビルの上階にあるレコーディングスタジオ、「セディックスタジオ」に出入りしていたんです。よくスタジオを抜け出しては、WAVEでCDや本を買っていましたね。そうやって気分転換をして、スタジオに戻って再びレコーディングして、最後はシネ・ヴィヴァンで1本映画を観て帰る。そんな流れが定番になっていたと思います。

 僕はシネ・ヴィヴァンの会員でした。ビクトル・エリセ監督の名作、『ミツバチのささやき』や『エル・スール』とか、さまざまなアートシネマを観るようになったのも、シネ・ヴィヴァンがきっかけです。とにかく知的なことに関しては、かなり満たしてくれるものがありました。

平均化する街への懸念。

『レアンドロ・エルリッヒ展 見ることのリアル』 レアンドロ・エルリッヒ

レアンドロ・エルリッヒは、1973 年ブエノスアイレス(アルゼンチン)生まれ、同地在住の現代アーティスト。日本では金沢21世紀美術館に恒久設置された「スイミング・プール」の作家としても知られている。森美術館で2017年11月18日~2018年4月1日まで開催された『レアンドロ・エルリッヒ展』では、新作を含む44点の作品を紹介し、その8割が日本初公開。入場者数は森美術館の歴代2位となる61万人を記録した。
『建物』 2004 / 2017年 撮影:長谷川健太 写真提供:森美術館 Courtesy: Galleria Continua

 ちなみに「セディックスタジオ」の廊下では、小室哲哉さんとすれ違ったこともあります。80年代後半の話ですね。その頃の六本木と言えば、夜な夜な営業しているロックバーみたいなものも多かったですし、芸能プロダクションも六本木から飯倉町周辺にかけてたくさん点在していました。

 こうして振り返ってみると、六本木という街は夜の印象が強いですね。良い悪いは別として、尖っていてワイルドでした。でもそこから大きく転換していったのが、やっぱり六本木ヒルズや東京ミッドタウンがオープンしたあたりからではないでしょうか。デザイン、アート、ファッション。その頃から六本木という街はソフィスティケートされていき、今は昼の見所もたくさんある街になりました。例えば最近では森美術館で行われていたレアンドロ・エルリッヒ展(『レアンドロ・エルリッヒ展 見ることのリアル』)。子どもにもすごく人気で、昼間に家族連れで六本木を散策している姿も当たり前の風景になっているように感じます。

 六本木が昼夜、世代を問わず、多くの人が集う街に変貌することはとてもいいことだと思います。と同時に懸念することがあるとしたら、それは多くの発言の中から最大公約数を出すかのように、街のすべてが平均化したおとなしい街になってしまうこと。それはすごくもったいないような気がするんです。