89 丸山敬太(ファッションデザイナー)前編

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ファッションデザイナーとして自身の名前を冠したブランドを立ち上げ、20年以上第一線で活躍している丸山敬太さん。渋谷区出身の丸山さんにとってお隣にある六本木は、大人になる過程でさまざまなことを教えてくれた場所だったようです。そんな丸山さんの六本木にまつわるエピソードとともに、六本木がこれからの時代を担う若い世代にとって魅力的な街になっていくために必要なことをお聞きしました。

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update_2018.2.7 / photo_mariko tagashira / text_ikuko hyodo

個性なんて話題にすること自体が窮屈。

 個性云々ってよく言われますけど、僕としては当たり前のことなのになと思うんです。個性っていうのは要するに、パーソナルということですよね。ひとりひとり全部違う細胞でできているのだから、存在しているだけで個性なわけです。何かが突出しているから個性的ということではなく、社会というのは個の集合体でしかない。

 たしかに着るものは衣食住のなかで、その人自身を一番表しやすいかもしれないし、「ファッションは個性的であれ」なんて言われるけれども、僕自身にそういう概念は全然なくて。人と違うファッションで自分らしくありたいと思うのも個性だし、人と同化したいと思うこともやっぱり個性なんですよね。制服が楽な人もいるだろうし、ファッションに重きを置かない人ももちろんいる。いろんな人がいる社会だからおもしろいんだろうなっていうふうに考えています。

 日本には、ある程度は人に合わせるべき、という美学がありますよね。そのこと自体、実はものすごい個性なんだけど、どこかで引け目を感じたり、それを武器にできない不器用さはもったいないなと思います。要するに日本人って、個性的というのはこういうことだから、こうしなきゃいけないっていうふうにステレオタイプに物事を考えがちじゃないですか。本当は個性を消すことも個性ではあるんだけど、そんなふうには考えられない。日本のオタクカルチャーが海外で高く評価されているのは、「オレらにこの発想はないよ!」と一目置かれて、非常に個性的だと思われているからなのに、なぜか日本だとネガティブに捉えられてしまうことがあるのが残念。ステレオタイプな理想像から外れているものは、よしとされないんですよね。

 理想像から外れている人も外れていない人も集合しているのが社会だという考え方が根本にある国は、個性なんていちいち話題にすること自体が窮屈なはず。日本もそうなるといいなと僕は思っています。みんな違うのは当たり前なのだから、そこはいちいち追求する必要はない。基本的には、何でもありでいいんですよ。

思いっきり背伸びをして出かける街だった六本木。

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1960年に麻布台三丁目にオープンしたイタリアンレストラン。当時の日本にはないヨーロッパのサロンのような自由で洗練された雰囲気で、数多くの知識人や芸術家、芸能人などが集った。バブル期にはキャンティ族という言葉も流行り、華やかさの象徴に。

スクエアビル

地下2階、地上10階建てのフロアのほとんどがディスコだった、バブル期の六本木を象徴するビル。ネペンタ、ギゼ、キサナドゥ、キャステルなどのディスコが入り、ガラス張りのエレベーターが名物だった。2007年に取り壊され、跡地は駐車場になっている。

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1964年に六本木交差点に開店した喫茶・洋菓子販売店。ビルの建て替えにより一時閉店し、2010年12月に同地にリニューアルオープン。

 僕は1965年生まれで、渋谷区神宮前出身なのですが、70年代の六本木カルチャー、いわゆる大人の街というイメージに憧れた世代。六本木に遊びに行き出すのが高校1年生くらいで、80年代始めなんですけど、思いっきり背伸びをして出かける場所でした。それこそキャンティに集うような大人たちに憧れたし、そのあとはワンレンボディコン全盛期もありましたね(笑)。スクエアビルとか、若い人は知らないですよね? あの時代を経験していないのがかわいそうだと思ってしまうくらい、当時の六本木にはものすごいエネルギーが渦巻いていました。タクシーなんて乗りたくても止まってくれないし、男の子は車を持っていなかったら女の子に相手にされなかったからね。その後クラブカルチャーが西麻布に移ったり、原宿に移ったりしましたけど、入り口がそんな感じだったから、自分がだいぶ大人になってしまった今でも、六本木はいまだ僕にとって大人の街というイメージです。

 アマンド六本木店はビルを建て直してリニューアルしましたけど、僕が六本木で遊んでいた時代の象徴的な場所なんです。「アマンド前に集合」っていうのは当時の合い言葉みたいなもので、週末の夜になるとものすごい数の人がこの辺で待ち合わせをしていました。当時はパリブレストという名前だったシュークリーム(現在はリングシュー クラシック)ひとつとっても、子どもの頃からのいろんな思い出があります。

 六本木だけでなく東京という街は、進化して大きく変わってしまった部分と、昔ながらの下町っぽい部分の両方が今もかろうじて共存している。それが魅力だと僕は思っています。六本木も表通りからちょっと外れれば、まだまだ住宅街があるし、アマンドみたいな老舗の洋菓子店も少なくはなってしまったけれどもいくつか残っている。欧米文化発祥の地みたいなところがあったりして、そういう意味でもコスモポリタンな場所だと思うんです。