六本木に集うみんなのウォンツを可視化するワークショップ。
世界的なメディアアートの祭典、アルスエレクトロニカで栄誉賞を受賞したゲーム「Rez」をはじめ、ビデオゲーム、音楽、映像の世界でグローバルな創作活動を続けているメディアデザイナーの水口哲也さん。さまざまなメディアで新しい体験を生み出してきた水口さんに、未来の六本木、そして未来の体験を設計する方法をうかがいました。
まず六本木って、いったい誰のものなんだろうっていうところから話をはじめたいんです。それは、住んでいる人のためのものでもあるし、仕事にくる人や夜遊びにやってくる人、東京以外から来る人......。都市って誰のもので、誰のために設計されるべきなのかというと、結局はそこに集うすべての人のためのものであって、そういう六本木を考える、ということになるんだと思います。今、日本を訪れる外国人が年間約2000万人いて、「世界の都市総合力ランキング」で東京は4位(2015年現在)。たとえば、本当に1位になりたいのなら、どうすればいいんだろう? と考えたときに、やっぱり外国からやってくる人たちを無視することはできませんよね。
日本人や住人だけでなく、外国の人からも愛されて、また訪れたくなるような東京や六本木をどう設計していくか。自分はゲームをはじめ「体験」をデザインする人間なので、そこに集う人たちをどうエンターテインするかがテーマになります。外国人と日本人が、体験を通じてどう幸せになるかを考えてみたいんです。
たとえば、四国88箇所を巡るお遍路さんって、世界最古のゲーミフィケーションだと思うんです。修行という本来つらいものを楽しい体験に変えてしまったわけですね。廻れば廻るほどお札の色が変わっていくとか、ステータスが上がっていくとか。仕組みをデザインして体験に変えることで、楽しくポジティブな化学反応や循環をつくる。これはまさに発明に近い。ほぼ全員がスマートフォンを持っていて、ネットワークも整っている現在は、そろそろゲームの要素を社会にも適用していくいいタイミングなのかなとも感じています。
日本に来た外国人と話をしていて思うのは、彼らが行くのはガイドブックやSNSに載っているような当たり前のところが中心で、まだまだ情報も少ないということ。僕は散策するのが好きで、土日になると週末限定のマルシェやデパ地下で日本中のいい食材を買い込んだり、食べ歩いたり。実は東京の真ん中って緑にあふれているし、本当に最高ですよね。でも、僕がふだん散策しているようなところで、外国人の姿をあまり多くは見かけません。
今はまだ、典型的な観光地で写真を撮って、買い物をして帰るだけという外国人も多いでしょうが、もっと成熟してくると、みんな自分だけの体験を求めはじめます。そうなったときには、彼らの知らない体験に、どうやってアクセスさせてあげるかが重要になるでしょう。
六本木周辺にも、散歩するだけでも楽しいところはたくさんありますよね。東京ミッドタウンの裏から赤坂に抜ける道もいいし、麻布十番の商店街も楽しい。裏路地を歩いてみると、こんなところに神社があるとか、坂の名前から東京の古いストーリーに出会うとか、いろんな発見もあるし。そういう古いものと最先端のものが混在していて、その両方が体験できることを、この街の魅力にしてもいいと思うんです。たとえば、外国人が歩きたくなるようなコースを考えてもいいじゃないですか? 30分だったらここ、60分だったらここというように。日本好きの外国人と一緒に、観光客向けの地図や標識をつくったり、AR(拡張現実)でアプリ化するのもいいですね。
仕事のパートナーがこの周辺に多いので、週に3日くらいは、六本木に来ていますね。でも、六本木の繁華街とは......ちょっと距離を置きたい、かな。こういうカオスさが楽しいと思っていた時期もあるんですけど、最近はちょっと離れたところから、客観的に眺めているのが楽しいですね(笑)。
この街との関わりでいえば、「MEDIA AMBITION TOKYO 2016」に「Rez Infinite」というVRゲーム作品を出展します。自分が紡ぐ効果音がどんどん音楽化していって、ビジュアルと連動し、振動となり、共感覚的な体験に変わっていく。VR仕様なので、映像も、音も、すべて3Dで体験できるんです。
MEDIA AMBITION TOKYO 2016
「Rez Infinite」の原型になった「Rez」を制作したのは2001年。当時はまだ2Dで、4:3の画面の中にすべての体験を無理やりはめこむ必要がありました。それが今やフルHDで、上下左右、あらゆる方向にフレーム(枠)のない3Dの世界が拡がっています。遠隔の「リアル(現実世界)」も体験できるし、僕のような創作物による「アンリアル(非現実)」の世界も創作できる。いずれにしても、僕らは「そこにいる」体験を、これからたくさん経験していくことになるでしょう。
「Rez Infinite」の「共感覚的」というコンセプトを理解してもらうために、26個のバイブレーションが内蔵された「シナスタジア・スーツ」をつくり上げました。たとえば、ゲームの中で自分が奏でた音楽に合わせて、ドラムとハイハットの触感で上半身と下半身が交互に動いたり、ギターがジャーンと鳴ると、全身がギターの弦になって弾かれているような感覚になったり。音楽をテクスチャ(質感)のある振動として、体にフィードバックするわけです。バイブレーションだけだと、まわりの人にはどこがどう振動しているかわからないので、スーツの表面にはLEDをつけて光で表現しています。
先日、サンフランシスコのとある発表会で、僕が実際にスーツを着て、ステージ上で披露したんです。それを見ていたライゾマティクスの齋藤精一さんいわく、「会場のみなさん、軽くアゴが外れてました」って。そのあと、各国のジャーナリストたちにも着てもらったんですが、みなさん体験すると「...Oh my god」って、小声でささやいていましたね(笑)。
スーツは振動レイヤーとLEDレイヤーの2層になっていて、振動レイヤーの部分は体型に合わせてサイズ調節ができるので、MEDIA AMBITION TOKYOの「MAT LAB」では、メディアアート作品として体験展示も行います。東京、そして六本木の夜景をバックにVRのヘッドギアを装着して、音楽とともにさまざまな質感の振動を全身で感じる。六本木とテクノロジーアートって、なんだかとってもイメージが合いますよね。日本のみなさんはもちろん、外国の方にもきっと「やっぱり東京とか六本木は面白い!」と感じてもらえるのではないかと思います。
MAT LAB
ゲームにしても音楽にしても、僕は何かを考えるとき、「人がすごく楽しそうに使いこなしているとしたら、それはいったいどんなものか」という発想の仕方をすることが多いんです。たとえばゲームなら、ヘッドセットをつけてコントローラーを持った人が、ノリノリで楽しそうに、気持ちよさそうにプレイしているところを想像する。そのとき、画面にはどんなものが映っているんだろう、そんなに楽しそうに遊んでいるゲームって、どんなものなんだろう......。
さらに、パズルゲームだったらどうなんだろう? とイメージを重ねてつくったのが、「ルミネス」です。最初のいいイメージからブレイクダウンをしていくんですけど、まずは大きなイメージから入りますね。「演奏感ってなんだ?」「音楽で気持ちがよくなるってなんだ?」というようにどんどん因数分解して、その感覚に向かう人間の体験の道筋を再設計するんです。
ルミネス
結局、やっているのは、体験の裏側にある人間のウォンツ(Wants=欲求)を因数分解して、そこから新しい体験を設計していくことなんです。それは目には見えない設計ですが、明らかに人の気持ちやモチベーションや動きを創り出します。これは、都市に当てはめて考えることもできるでしょう。都市って大方、タンジブル(目に見えて形があってさわれる)な発想で設計されてきました。でも、これからは、インタンジブルな(目に見えない)ものも伴わなければいけない。そうしないと、未来の都市の体験もイメージできないと思うんです。
目に見えないものとは、たとえばインターネットだったり、デジタル的なネットワークだったり。今はスマホに集中していますが、徐々にARとか、MR(複合現実)といわれているものに形を変えていくはず。それらを含めた都市設計の発想を、そろそろイメージすべきときなんでしょうね。それって、とても東京的でもあると思います。
何かの課題を解決する方法として、僕がよくやるのは「ウォンツ可視化ワークショップ」。たとえば、冒頭で「六本木は誰のものなのか」という話をしましたが、その「誰」の持っている潜在的な欲求を可視化して、因数分解していきます。「なぜ六本木を訪れたい?」とか「なぜ六本木に住みたい?」とか、もちろん訪日する外国人の欲求もあるだろうし、住んでいる人の欲求もあるでしょう。それらをとにかく全部出して、因数分解していくことで、その裏側にある本質的なウォンツを可視化していく。六本木未来会議でもやってみたら面白いかもしれません。
個人的に今やってみたいのは、テクノロジーを使って、日本の隠れた魅力を発見して、体験に変えていくこと。訪日した外国人が、ますます好きになって何度も訪れたくなるような、新しいプラットフォームをつくりたいですね。
というのも、日本や東京って、せっかく潜在的なポテンシャルを持っているのに、それを発揮できていない気がするんです。たとえば今、目の前に外国人がいたら、目をそらしてしまう人が多いですよね。でも、もし日本に来る外国人全員が「日本語をしゃべれる」状態だったら、たぶんそんなふうにはならないでしょう。みんな「うまく話せないから、話しかけないで」という結界を張っているだけ、今の日本や東京には、そういう"タガ"がたくさんあると思うんです。
テクノロジーによって結界が外れた瞬間、潜在的なポテンシャルや魅力が表に出てきます。困っている外国人を見かけたら積極的に声をかける人が出てきたりとか、仲良くなって飲みに行く人がいたりとか。そんな、人の振る舞いを変えるクリエイティブにも挑戦してみたいですね。
日本でより深い体験を重ねることができたら、日本人とエンゲージする外国人は確実に増えていくでしょう。その流れをつくり出すために重要なのは、自分が外国に行ったときに、どういう思いをしたか、どんな感情になったかという体験です。その多くは、やはり「人」に紐づいているもので、ずっと日本にいるとわからなくなってしまうので、いつも"イメージのスワップ"をするようにしています。
僕はゲームをつくっているので、日本、アジア、北米、ヨーロッパ、いろいろな国の人たちの反応を見続けてきました。ビデオゲームは、何十年にわたって世界中で多くの人が遊び続けていますが、そこにはやっぱり共通性と違いがあるんですね。たとえば、日本人は比較的、RPGのようなキャラクターやストーリーのあるものが好きで、欧米の人はどちらかというとリアリティのある「体験」に寄ります。
それは旅の仕方を見てもわかりますよね。欧米の人は体験重視、セレンディピティ(偶然の出会い)を求める傾向が強いから、好奇心が行動を牽引するというか。「えっ、そんな装備で屋久島行っちゃうの!?」とか(笑)。
VRやARの未来を考えてみると、「Rez Infinite」のような共感覚的な「アンリアルな体験」と、空間を超えるような「スーパーリアルな体験」の両方が可能になるでしょう。イリュージョンとか、エンタテインメントとか、魂が震えるような体験もあれば、ドローンでパリの街を散歩してみたいとか、ハワイの火山を上から見たいとか、"行きたいけど行けない"を解決してくれるような体験もある。リアルなものからアンリアルなものまで、やっぱり人間にはその両極が必要だと思います。
Rez Infinite
いずれにしても新しい体験って、新しい意識のスイッチを入れてくれますよね。感受性も刺激するし、人を幸せにもするし、いろんな能力を開花させてくれる。「ハマりすぎたらどうするんだ」とか、ネガティブな面を強調する人もいますが、それは新しいメディアが登場すると、いつも言われること。本も映画もテレビも、必ずそうでした。当たり前のことですが、マイナスもあればプラスもあって、そのバランスの中で新しい視点を提示していくのがクリエイティブな人たちの役目でもありますから。
僕自身は、やっぱり体験が人を育てていくし、人を変えていくと信じています。そして、情報とか知識だけじゃなくて、それを体験に変えるデザインがしたいんだと思います。
ちなみに東京には、リアルもアンリアルも両方ありますよね。住んでいるとつい忘れてしまうけれど、1時間ちょっとで海にも山にも温泉にもアクセスできて、都会と自然、新しいテクノロジーと古い文化を瞬時に体験できる。あらゆる美食にアクセスできる。外国人の視点からすると、こんなにいいところはない。だから僕も離れられないんです、東京。
取材を終えて......
ほかにも「いつかやりたいと思っているのは、街にアートを拡張させて、歩いて回ること自体がアートになるような体験」と水口さん。インタビュー中にも登場した、さまざまな六本木にまつわる"ウォンツ"、未来会議もぜひ一緒に考えてさせてください!
ちなみに、3月3日(木)19:00〜20:00には、六本木ヒルズ「MAT LAB」にて、水口さんとライゾマティクスの齋藤精一さんによるトーク「デジタルとリアルの新たな身体性」も開催されます。そちらも、ぜひどうぞ。
http://mediaambitiontokyo.jp/thenewembodimentofdigitalandphysical/
(edit_kentaro inoue)