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田根剛(建築家)

新国立競技場のデザインコンペでファイナリストに選ばれ、「エストニア国立博物館」をはじめ国内外で数多くのプロジェクトを手がけるパリ在住の建築家・田根剛さん。10月16日から、21_21 DESIGN SIGHTではじまった「建築家 フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"」ではディレクターを務めています。「建築とは人の集まる場所である」という田根さんが語る、六本木を"人が集まる場"に変えるアイデアとは?

update_2015.11.4 / photo_hiroshi kiyonaga / text_kentaro inoue

現代の街に「過去と未来を同居させる」こと。

建築家 フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"
ビルバオ・グッゲンハイム美術館などを手がけた世界的な建築家、フランク・ゲーリーの「アイデア」を紐解く展覧会。ゲーリー事務所のミーティングルームに着想を得た「ゲーリー・ルーム」のほか、「アイデアの進展」では、90点近くの模型と写真、スケッチを展示。そのほか、代表作や最先端の建築技術を解説した映像なども。2016年2月7日(日)まで、21_21 DESIGN SIGHTで開催中。

こちらが、本文中にも登場するゲーリー氏の「マニフェスト」(日本語訳も展示)。

 人が集まる場所をつくる鍵は、その場所の「過去と未来を同居させる」ことにあると思います。六本木という場所を、これまで人々がどのように使ってきたか、そしてこれからどうやって使われていくのか、その見えない2つの世界を現在に同居させること。近年の都市開発というのは、基本的に消費を対象としているので、青山でも渋谷でも六本木でも、どこも同じになってしまいがち。それと戦えるのは文化や歴史の力だと、僕は信じているんです。その土地が持っている力を未来につながる力に変えるには、過去をどれだけ引き出せるかにかかっている、と。

 今、自分が立っているところにはお屋敷があって誰が住んでいたとか、ここで人が斬られたとか、何か大きな出会いがあったとか、都市には過去の膨大な情報が蓄積されています。たとえば、東京ミッドタウンの敷地にかつてどういう建物があったか、バーッと地図を描くじゃないですか。そこに人の足跡があったり、誰かが寝ている光景があったり、消えてしまった記憶を情報として足していく。具体的な写真よりも、地図とか言葉とか影とか、より抽象的な情報に特化したほうがいいかもしれません。

 もちろん、それは一層ではなくて重層になっているので、50年前の六本木はどうだったのか、江戸時代の六本木はどんなだったのか、折り重なって見えるはず。今なら、プロジェクションマッピングを使って、六本木の夜には実在する人々と、映像による昔の人々が行き交うといったことも可能でしょう。時間によって時代がどんどんさかのぼったり、区画や人の流れが変わったりしても面白いですね。

建築とは、古代遺跡の発掘作業のようなもの。

 僕自身、建築をはじめて事務所を立ち上げて、最近ようやく「場所の記憶」という、一生向き合っていけるテーマを見つけました。なぜ「場所の記憶」に興味があるのか、最近気づいたのは、きっと「情報量」にこだわっているんだということ。今、情報の時代といわれているのは、もちろんインターネットの発達もありますが、これから進化していくために、人間の脳が膨大な情報を求めているからだと思ったんです。

 そんな中で、僕らは建築という分野で過去をつないでいくために、その土地の情報量を増やすために日々リサーチを重ねている。それは、いろいろな人々や民族が積み重ねてきた情報を、この時代にもう一度引き出そうとしているのかもしれない、と気づきはじめました。

 たとえるなら、古代遺跡の発掘作業のようなものです。土を掘っていくと、いつの時代のものともしれない石ころとか土器の破片といった、その土地の痕跡が見つかるでしょう。あるいは、殺人事件の現場検証といってもいいかもしれません(笑)。犯罪者の残したいろんな痕跡の中には、もちろんアタリもあればハズレもある。でも気になったものを調べていくと、いつしかピンと犯人に行き着く。ふだんから集めた情報を大きな編集作業にかけることで、コンセプトを導き出すケースが多いですね。

思想の深さや大きさこそが、建築家の大きな力。

エストニア国立博物館
2006年、エストニアの独立15周年を記念した国家プロジェクトとしてコンペを開催。田根氏が2人のパートナーととともに提案したプランが採用された。もともとソ連軍の空軍基地の滑走路だった場所に国立博物館を建設する。2016年完成予定。

 このことを考えるようになったきっかけは、2006年に、エストニア国立博物館のプロジェクトコンペに応募したこと。タイトルは「メモリーフィールド」、直訳すると「場所の記憶」とか「場所の原風景」とか。とくにエストニアの場合は、旧ソ連軍の滑走路という負の遺産、つまりネガティブなものを、ナショナルアイデンティティというポジティブなものに変えていく、未来に向かって新しい時代をつくっていこうというコンセプトでした。

 それまでは正直、建築とは何なのか、デザインなのかアートなのかともやもやしていました。コンペに勝って実際にやらなくちゃいけないとなったとき、自分に問い正して見つけたのが、この「場所の記憶」というテーマでした。

 建築家というのはやっぱり、大きなビジョンをもって、ものをつくる仕事だと思うんです。物事を深く考えて、歴史や文化やさまざまなものを形にしていくこと。もちろんフランク・ゲーリーもそうですが、思想の深さや大きさこそが、時代を超えて後世にまで伝えていける建築家の大きな力。デザイナーが住宅のデザインもできるし、アーティストが建築もつくれる今の時代、建築専門家として何をすべきか、それを問われているタイミングでもあると感じています。