37 名和晃平(彫刻家)

名和晃平(彫刻家)

六本木ヒルズ・森タワーの49階、アカデミーヒルズで開催された1DAYイベント「六本木アートカレッジ」。その講座のひとつとして、六本木未来会議の公開インタビューが行われました。ゲストは、3Dモデリングシステムなどデジタル技術を使った作品で知られる、彫刻家の名和晃平さん。六本木の思い出にはじまり、制作拠点である京都のスタジオ「SANDWICH」の成り立ち、個々の作品の制作秘話まで。作品と空間、そして建築と都市とを横断するインタビューをどうぞ。

update_2013.12.4 / photo_ryumon kagioka / text_kentaro inoue

芋洗坂にあった「トラウマリス」がたまり場。

 大学を卒業した2003年に、「キリンアートアワード」という現代アートのコンペで奨励賞をもらったんです。それまであまり東京に来たことはなくて、このとき初めて、いわゆるアートピープルと呼ばれる人たちと出会いました。今は恵比寿に移転した「トラウマリス」というバーが芋洗坂にあって、そこで夜な夜なドローイングを描いたり、同世代のアーティストと話をしたり。当時、六本木はとにかくそこしか知らなくて、たまり場にしていました。

 六本木って、スピード感があって混沌としていますよね。そもそも、この街の中心がどこなのかわからないし、いまだにしっかり街を歩いたことがない。僕が拠点にしている京都とは全然違いますね。京都はもう少しのんびりしていて静かだし、コンパクト。街が長いスパンでできあがっているので、バランスがいいのかもしれません。六本木のように刺激的なものがどんどん現れる場所とは対照的な気がします。

都市や時代を彫刻に置き換えて表現する。

SCUM

SCUM
オブジェクトに発泡ポリウレタンの霧を吹きかけたその表皮は、資本主義社会の中で膨張し鈍磨していく感覚を示している。写真のほか、モチーフの輪郭を保った「Villus」シリーズもある。

 大学の博士論文として、「感性と表皮」というテーマで、現代における彫刻論を書いたことがあります。世界の都市を見てみると、商業空間がどんどん増殖したり膨張しているように感じました。そういう資本主義の論理によって生み出された造形やテクスチャーが、街の表皮を覆っていく。それはうつろだし、感性に対してけっしていい働きかけをするものばかりじゃない。

 プロダクトであっても建築であっても、消費されたらまた取り替える、そういう街のつくり方をしているように見えました。感じていたのは、どちらにしても現代の資本主義のやり方は限界だということ。経済ばかりを優先して、競争原理だけで走っていくと、きっと問題が出てくるんだろうな、と。シュタイナーとか理想主義の哲学書を読んでいたこともあって、当時はそんな疑問を持っていました。

「SCUM」は、そうしたことのメタファーとして生まれた作品です。SCUMという言葉には「泡」という意味のほかに、「灰汁」という意味もあります。刺激がひとつの泡だとすると、その泡が堆積してコップやお皿に満たされすぎると、ぶよぶよと膨張していく。SCUMは輪郭を見えなくしていくオブジェですが、一方で、造形物を透明感があるガラスビーズで覆った「PixCell」というシリーズをつくったり。都市なのか時代なのかわかりませんが、彫刻に置き換えて表現していました。

個人の工房から「SANDWICH」というプラットフォームへ。

SANDWICH

SANDWICH
2009年に起ち上げた、京都・伏見にある創作のためのプラットフォーム。約500㎡の空間で、名和氏はじめ40名ほどのスタッフが幅広い活動を行う。2013年12月7日から2014年2月16日まで、表参道のEYE OF GYREにて、その世界観を体験できる「SANDWICH」展を開催。

 僕は今、京都の宇治川沿いにある「SANDWICH」というスタジオで、複数のチームとともに仕事をしています。中心にコンテンポラリーアートがあって、他にもグラフィックデザイン、最近では国内外の建築も手がけようということで一級建築士事務所にもなりました。プロジェクトをマネジメントするオフィスチーム、技法の開発や素材のリサーチから設置まで、個人でやっていたスタジオが進化したプロダクションチームがあります。

 スタジオのつくり方としては実験的なのかもしれませんが、個人の工房からプラットフォームへシフトしようと思いました。学生をはじめ、デザイナーや建築家も巻き込んで、大学でもないし会社でもない、誰もが使えるフラットでニュートラルな、みんなの遊び場みたいな場所をつくろうと。僕にとって美大は、好きなことばっかりできる天国みたいなところだったので、その延長線上のような場所であってほしいとも思っています。

 以前は、そんな「場」をつくりたいなんて、まったく考えていませんでした。借りていたスタジオが手狭になって場所を探していたら、たまたまポストに不動産屋のチラシが入っていて、間取りと家賃だけをたよりに物件を見に行ってみると、そこは土手沿いにある工場の跡地。予想以上に開けていて、いつも風が吹いているのも気持ちよく感じて、ここに移ろうと決めました。