まだジャンルすら不明瞭で価値のはっきりしていないクリエイションの受け皿になる。
取材当日、約束の時間を随分過ぎても現れず、聞けばインタビュー場所を探し回り、なかなか辿り着けなかったという。「六本木のビルに入ると必ず迷う……」この人こそ、いま、新時代のデジタルアートの旗手として注目されている猪子寿之さんだ。東京大学在学中の2001年、日本再生を目的にウルトラテクノロジスト集団、チームラボを設立。デジタルの領域から生まれる新しい表現に挑戦し続けている。日本文化のバリューとは何か、インターネット以後の社会でインパクトを持つものは何かを常に考えてきた猪子さんの、六本木未来構想とは。
「デザインとアートの街」というときに、それが日本の中で見てなのか、世界から見てなのか、どっちを目標とするかで全然違いますよね。日本の中で見て、ならば、六本木は今も既にある程度「デザインとアートの街」になっていると思うし、今後も今の方向で進んでいけば、より一層なっていくと思う。でも、世界から見て、ならば、六本木がデザインとアートの街として想起されることは、絶対にないと思うんですよ。少なくとも今の延長線上では。
今、六本木で言うデザインとかアートって、ニューヨークで言うデザインとかアートと一緒ですよね。ニューヨークと同じだったら、勝てないよね。ニューヨークは大昔からそういう街だったわけだし、六本木にある代表的な作品って、ニューヨークでも十分評価されるようなもののわけでしょう? 20世紀にできあがった価値観の中で評価され、完成された物をチョイスして、コレクトしているような感じでしょ? その延長線上では、おそらく世界から見て永遠に、デザインとアートの街にはならない気がする。
だからもし、世界の中で、六本木をデザインとアートの街にしたいのであれば、今はまだ価値が定まっていないけれど、未来において必ず価値を持つであろうもの、ジャンルすら不明確で、どこにもまだ行き場所がないような新しいカルチャーの受け皿になることを考えたほうがいい。
例えば、今ネットの中ではみんなが見ていたり盛り上がっていたりするんだけど、まだそれが何であるのかは言えないようなものってありますよね。そういうものって、たぶん、ベネチア・ビエンナーレ(現代美術の国際美術展覧会)には絶対呼ばれないし、ミラノ・サローネ(国際家具見本市/世界最大規模のデザインイベント)に出ることもない。でも実は、まだ何であるかは言えないようなものの方にみんなが興味を持っている、ということが実際に起こっていて、そっちが未来なんだと思うんですよ。そういうものの受け皿に六本木がなったとき、はじめて10年後、20年後に「クリエイティブシティ」という意味で象徴的な街になれると思うんです。
ベネチア・ビエンナーレは100年以上前から現代アートの受け皿としてやっているわけで、ミラノ・サローネだってモノのデザインの受け皿として50年以上やっている。オーストリアのリンツで開かれているメディアアートのイベント、アルス・エレクトニカだって、30年以上になるわけですよ。
アルス・エレクトニカって、1979年に始まった当時はすごいニッチな分野だったと思うんだよね。メディアアートという言葉も果たしてあったのか、というくらい。コンピュータだって電卓みたいなものしかない時代ですよ。テクノロジーはアートの主流ではなかったし、でも、結果的に、それが未来だったから、その分野の象徴的なイベントになったし、街としても象徴的な街になった。今や横浜や大阪がクリエイティブシティになろうとしたら、アルス・エレクトロニカ招致したらいいって言う案も出るくらいですよ。でも今招致したところで、勝てないでしょ。あたりまえだけど。
アルス・エレクトロニカ
(Ars Electronica)
新しいカルチャーになり得る「まだ何であるかは言えないようなもの」っていろいろあると思うんだけど、でも、自分はたまたま、インターネット以後の社会に興味があって、デザインやアートに関わらず、デジタル領域みたいなものが社会の新しい価値の中心になっていくと思っているから、インターネット以後だからこそある表現、あるいは、デジタル領域だからこそある表現には、その可能性があると思う。
六本木に合っているかどうかは別にして、初音ミクみたいなものって、ネットとデジタルの表現が中心になってつくられた象徴的なものだよね。自分たちの文化的背景の延長線上にあるし、実際にみんな好きだし、それは新しいクリエイションの領域だと思うんだよね。でも、じゃあ、あれが何なのか、音楽というジャンルなのかっていうとよく分からないし、アートかっていうと、アートの文脈にのるほど、コンセプトをガチガチに書く必要性もない。
初音ミク
結局、デザインなのかアートなのか分からない領域みたいなものが面白くって、コンセプトなんて案外弱いものなんですよ。エンターエイメントとデザインとアートと、何でもいいんだけど、しっかりとした「何かの文脈」には乗らないようなもの、でもそれを新しさと感じたり感動したりする表現がネット上では話題になっていて、再来年くらいには、もう普通の表現になっちゃう。そのスピード感とか変化のほうが強い。
六本木がそういう新しいカルチャーやクリエーションの受け皿になるために必要なこと、それは、強い意志だよね。未来に対する強い意志。10年後とか20年後を考えて、意図的に受け皿になるわけだから。意志でもあるし、勇気とも言える。今世界で評価されているものをピックアップすることに勇気はいらないし、お金があれば集めることもできるけど、価値がわからないものを選ぶってけっこう難しい。同様に必要なのが、強い戦略。世界の中で勝つための戦略。やっぱり、ニューヨークの出来損ないみたいになっても仕方ないじゃん。
今の日本で一番新しいカルチャーの受け皿になっている街は、秋葉原だよね、圧倒的に。秋葉原には純粋に「寛容さと自由さ」がある。交通の便に関しては比較的割安さというのもあるし、すごい勢いで変容し、その変容が積み重なって今がある。
戦後のヤミ市からはじまって、みんなが自由に通信手段を手に入れられるかもしれない、という時期に、新しいメディアとしてのラジオのパーツを売る「ラジオ会館」みたいなものが生まれて、世界有数の無線の街になる。それが次に家電をはじめとする電化製品の街になり、パソコンの街になり、その後、デジタルコンテンツの街になる。いわゆる2次元コンテンツね。それも一気に衰退し、今度はメイドの街になる。2.5次元的な。で、アイドルの街になる。それくらい変容しているにも関わらず、ラジオ会館は今でもあるし、街の人に愛されている。つまり、そのすべての変容に対して、肯定的でもある。
変容が肯定され、集積があって、自由と寛容さが担保されている。だから新しい文化がすごい勢いで生まれている。秋葉原は世界で最も有名な日本の都市であり、まさに、世界から見た、クリエイティブシティだよね。六本木で何が流行っているかより、秋葉原で何が流行っているかを知りたい人のほうが世界では圧倒的に多い。それが事実ですよ。
秋葉原は僕が住んでいる街でもあるし、もちろん一番好きな都市のひとつだけど、他に言うなら、バンコクも好き。バンコクって、行ったらみんな好きになっちゃうと思うよ。それってさっきの秋葉原の話しにも似ているんだけど、極めて寛容。寛容で自由。そして、文化が豊かなんです。普通のしょうもない店に入っても、グラフィックのレベルとか高いし、おしゃれなんだよね。
日本とタイってアジアの中で欧米の植民地になっていない唯一の国なんです。日本は敗戦があったけど、タイには敗戦もなかった。だからタイは、欧米的な思想や価値概念の影響が最も少ない国なのかもしれない。アジアがアジアとして、欧米とは違う価値観で成長してきた良さみたいなものが一番残っていると思う。バンコクにいると、アジアって、本当はもっとアジア中素敵だったんだな、って思うんです。
日本は明治維新以降、主流に評価されるものが欧米っぽくなっちゃんたんだけど、初音ミクに象徴されるような、大衆に好かれるものの文化や流れって実は脈々とあって、そういう意味でのオリジナリティとかクリエイションのレベルが、タイは超高い。マンガ家のウィスット・ポンニミットとか。名前は知らなくても、たぶん見たことあると思いますよ。
ウィスット・ポン二ミット
あと、ちょっと面白いなと思ったのは、タイでは怒ることは恥ずかしいことなんだって。愚なの。愚の骨頂。僕は、怒るっていうのはコミュニケーションの手段のひとつとして必要だと思っていたんだけど、でもタイの人って怒らないんだよね。その代わりどうするかっていうと、パっといなくなる。
確かに、本気で怒っちゃったら、もう人間関係壊れるじゃん。1時間怒って、その後どうせ人間関係なくなるんだったら怒った1時間って無駄じゃん。それってすっげー合理的。タイは微笑みの国って言われるけど、その理由は怒る前にいなくなっちゃうから、結果、いつも笑っているように見える(笑)。
そうだ、六本木にがんばってほしいことがあった。風営法のダンス規制に対してもっと戦ってほしい。今クラブに行くと、トイレに「当店では一切踊りを禁止しています」とか書いてあって、変なんですよ。大昔にできた風営法に「客にダンスをさせ、飲食をさせる営業」への規制が含まれているみたいなんですけど、それをこの時代に施行し、踊るなって言う。脚を上げたら捕まえるっていうモチベーションは何なんですかね? 人が人に対して踊るなっていうのって、相当変ですよね。
六本木が集積してきたことって、デザインとかアートの前に、クラブとかライブハウスの文化でしょう。それを否定されてもいいってことに、なぜなれるのか。それにはとても興味があります。
取材を終えて......
豪快に笑いながら登場し、撮影終了後にも豪快に笑いながら去っていった猪子さん。それでもインタビュー時には、時に長い沈黙(5分くらい!)があったりと、今までで一番スリリングな取材でした。秋葉原を愛する猪子さんの熱が伝わってくるインタビューだったのではないでしょうか?(edit_rhino)