広告の世界で華々しい活躍をしてきたメンバーが集まり、2011年に設立されたクリエイティブ・ラボ、PARTY。メンバーのひとり、川村真司さんは広告のみならず、フリップブックや数々のミュージックビデオ、テレビ番組「テクネ 映像の教室」の企画・制作に参加してきた注目のクリエイターだ。多忙さゆえ、いま関心のあることは? との質問には思わず「休むこと」と答えた川村さん。それでも、六本木をデザインとアートの街にするアイディア、一気にどどどっと語ってくれました。
いつも思うのは、美術館やギャラリーが街にたくさんできるのは素晴らしいことだけれど、そういった限られたスペースだけにアートやデザインを閉じ込めておくのはもったいない。アートもデザインも、ごく普通の、生活の中にあってこそだと思うんです。だからそういう施設の中だけじゃなくて、道路や街角も展示スペースの一部にして、六本木という街全体が大きな美術館という捉え方で「デザインとアートの街」にできたらいいですよね。
そこで、例えばなんですけど、六本木にある看板や街頭ビジョン、つまり広告媒体をすべて、作品の発表の場としてアーティストたちに解放する、というのはどうでしょう。
スペースの大小に関わらず、とにかく徹底的にオープンにしちゃう。看板だけでもその数は無数にありますよね。期間は1ヶ月でもいいし、「六本木アートナイト」のようなイベントのタイミングにあわせての数日だけでもいい。既存の看板の上から簡易的に貼らせてもらうとか、方法はあると思うんです。とにかく一度、街全体を自由なキャンバスにできると面白いのではないでしょうか。
街中の広告媒体がアートになっているのだから、美術館のフロアマップにあたるものが六本木の街の地図になっていて、この部屋にはモネがある、というのと同じで、この路地に行くとバンクシーがある、みたいな、地図を持って作品を見て回れるといいですよね。今までアートに触れる機会がなかった人もアートを楽しめるし、作品を見に来ようと思って来たわけではない人が思いがけない出会いをする、ということもある。
アーティストは第一線で活躍するプロはもちろん、まだ無名の若手や学生にも参加してもらう。クレジットの入れ方によっては広告主も協力してくれるかもしれない。できるだけ多くの人を巻き込むほうがいいと思うんです。みんながちゃんと「六本木はデザインとアートの街だよね」って思うためには、ただ作品をひとつつくって「これが六本木の考えるアートだ」と押しつけるのではなく、みんながちゃんと巻き込まれて、一緒につくっていけるアイディアであることが大事だと思います。
みんなが巻き込まれるアイディアと仕組みづくり。例えば、オンライン上にストリートビューのようなモノを作って六本木が歩けるようになっていて、そのストリートビュー上では広告媒体が全部白くなっている。で、マウスオーバーしてクリックすると、「予約しますか?」みたいなメッセージが出てきて、媒体のサイズなんかも表示される。YESを押したらそのサイズにあったビジュアルがつくれて、それをアップロードしたら印刷もしてくれて、何月何日に貼っておきます!みたいな。
そういうシステムのベースは例えばPARTYがつくるけど、六本木全体が美術館になるためには、別に僕個人が「作品」をつくらなくたっていいわけです。仕組みを世の中に提供し、みんなでつくる。そういうプラットフォームづくりというか、ツールづくりにとても関心があります。
さきほど仕組みづくり、ツールづくりに関心があると言いましたが、もっと言うと、僕は体験全体に興味があるんです。「SOUR」や「androp」のミュージックビデオでも、「ビフォアとアフターを含めた体験をつくっているつもりでやってます」といつも言っています。ミュージックビデオって、映像をつくれば終わりという考え方もあるけれど、ここで言うビフォアは、どういう新しいつくり方をしているかということ。普通のビデオカメラじゃなくて、ウェブカメラで撮影したり、カメラのストロボを制御して光のアニメーションをつくってみたり。そのつくり方もストーリーの一部になっていくと思っているんです。
アフターというのは、できあがったものがどうシェアされ、視聴され、体験されるかという部分。ただ受動的に見るミュージックビデオより、もっとインタラクティブに楽しめたほうが音楽の体験が深くなるとか、パーソナライズ出来た方がシェアしたくなる、みたいなことも考えてビデオ版とゲーム版をつくるといった伝わり方の設計もしています。
だから今回の「看板をアーティストに解放する」というアイディアも、でき上がった状態としては、「街中がいろんなアーティストの作品で埋まる」という状態なんだけれど、僕が設計させてもらえるなら、ビフォアのプロセス、オンラインのプラットフォームをつくれば簡単に参加できる仕組みができるよね、とか、そのフロー、「つくられていく過程やそのためのツール」の部分も考えるし、アフターの「どう体験されるか」という部分、みんなが街を巡回しながら作品を楽しめるマップみたいなものまで、その全部を考えたい。
作品単体の新しさだけではなく、出来事の作られ方や伝わり方の新しい実験がこの街でできたら、それはどんな展覧会を開くよりもずっと、注目が集まるんじゃないかな。街ぐるみじゃないとできないことだし、六本木が本気で「デザインとアートの街づくり」に取り組んでいるという旗印にもなるような気がします。
仕事を通じて今一番関心のあることも、やっぱり「体験」がキーワードで、触れられるもの、リアルなものが気になります。映像やデジタルの領域で仕事をしていると、ついスクリーン上での体験に偏りがちになります。でもそれって結局、触覚も嗅覚も使えていないわけで、いくら背伸びしても、リアルな彫刻とか、ライブのイベントにはかなわない気がするのです。
実は僕、あまりデジタル中心に考えるのは好きではないんです。今はこれだけソーシャルメディアやテクノロジーが発展しているので、人を巻き込むための技術や道具として使わない手はない、と思って使っているだけで、最初からインタラクティブやデジタルなものをつくらなきゃ、という気持ちはないんです。本当は、課題に答えているのであれば単純に「彫刻つくりました」でも全然良いし、触れられるもの、リアルなものと、どうやってテクノロジーを組み合わせるかという「組み合わせ方」をもっと考えていきたいといつも思っています。
僕は6歳からサンフランシスコで育って、高校と大学は日本でしたが、その後はまた海外が多くて、ニューヨークやロンドン、アムステルダムなどで生活をしたり仕事をしたりしてきました。その中で、街として好きなのはやっぱりニューヨークですね。結局、ニューヨークが一番オープンなんです。人種に関係なく、住んだ瞬間から、おまえはニューヨーカーだ、って認めてしまう。フラットで分け隔てなく、「自分はこの街の一員だ」という感覚にさせてくれるというのがすごい。
日本の問題をあげるとしたら、僕はデザイン云々の前に、未だにとても閉鎖的であることだと思うんです。海外から帰ってきてびっくりするのは、街に日本人しかいない(笑)。言葉の問題もあるかもしれないけれど、東京ですらなかなか外国の人との交流がない。僕が海外で仕事をしている理由のひとつは、いろんな文化や違った価値観を持った人々と時間を共にできることなんです。そのことで、違いを学ぶこともできるし、人としての共通点も知ることができる。
広告の仕事をしていると、多くの人に伝えるために「共感って何だろう」「どういうポイントで人間は共感できるんだろう」と考えることがよくあります。イギリスやオランダでカルチャーが全く異なる人たちと仕事をしても、必ずどこか、レンズの重なっている部分というのはあって、その重なっている部分が何かを知るための旅をしてきたような気がします。日本にいてそれを知ることができないわけではないけれど、やっぱりひとつの文化や限られた環境の中にいると、そこだけが「世界」になってしまうので、なかなか肌で核心の部分には気づけない。
六本木は東京の中でたぶん最も国際色豊かな街ですよね。それを、スタンディングバーに行くと外国人がいっぱいいるってことだけで終わらせるのではなく、せっかく生まれているクロスカルチャーの芽を、お酒を飲んで楽しむ以外の場所でも活かせるようになってほしい。六本木に来ると、人種は違ってもみんなが大事にしているものが見つけられる。そんな街だったらいいですよね。
2007年に「Rainbow in your hand」というフリップブックをつくったのですが、その後も個人のプロジェクトを仕事の隙間でチクチクやってます。隙間でやるから、ますます休みが減るんですけどね(笑)。
アイディアを思いついた時点で、メーカーにプレゼンに行くのが理想なんですけど、僕もそんなにコネクションがあるわけじゃないから、知り合いになるまでが長い。「Rainbow in your hand」も最初は自分で勝手に刷って売り歩いていたら、ユトレヒトの江口宏志さんと知り合うことができて、印刷や流通を請け負うようになってくれて、みたいな。
実は、今すごいつくりたいものがあるんです。玩具とお菓子。自分でいうのもあれなんですが、どちらも、すごい面白いアイディアなんです! お菓子はキャンディーなんですけど、すごいコンセプチャルで、売れると思います。両方とも作るのはそんなに大変じゃないと思うし、僕らでブランディングまでやるので、お菓子メーカーか玩具会社の方で興味のある方がいらっしゃいましたらぜひご一報ください! ここで言うからには、せっかくなので、六本木の会社だったりすると、なおよし、ですね。
取材を終えて......
テクネでも紹介されている映像技術「マルチスクリーン」にヒントを得て実施した今回の撮影にも、ニコニコと楽しみながら協力してくれた川村さん。「合わさったときにベジータみたいな髪型にならないか心配だな」と笑いながら心配していました。(edit_rhino)