
都市が創造的で想像力に満ちた場所になるために。
国際的に著名なアーティストであり、深い洞察力と思索的な作品で知られるアルフレド・ジャーさんは、現在東京で2つの大規模な展覧会を開催中です。1つ目は東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている 「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」、もう1つはSCAI PIRAMIDEで開催されている 「アルフレド・ジャー 和田礼治郎」 です。どちらの展覧会も、ジャーさんが持つ独自の視点や詩的なアプローチを通じて、世界の社会問題や地政学的なテーマに深く切り込む作品を展示し、観る者に自身の視点や世界の捉え方についてあらためて考えさせてくれる内容となっています。 そんなアルフレド・ジャーさんに、彼の創作哲学、社会・地政学的問題へのアプローチ、そして東京で開催中の2つの展覧会に込められたインスピレーションについてお話を伺いました。
私はずっとアーティストになりたいと思っていました。幼いころからその夢を抱き続けてきたんです。でも、「アーティストになりたい」と父に話すと、こんな提案をされました。「それはあまり現実的じゃないかもしれない。代わりに建築を学んでみてはどうだろう」と。「建築家になればアートもできるし、何より生活が安定する。アーティストよりもずっと良い人生が送れるんじゃないか」。なるほど、それには一理あると思いました。でも、だからといって、私は建築家になるために建築を学ぼうとしたわけではありません。心の中には、最初からアーティストになりたいという想いがありました。私はアートを追い求めるために建築を学んだのです。建築がアートを追求するための基盤になる、そう信じていました。そんな風にして私のアーティストとしての人生が始まりました。
だからこそ、私は自分のことを「アートをつくる建築家」だと思っています。建築家の方法論を使ってアートを生み出しているという感覚なんです。実は私は正式にアートを学んだことがありません。だから最初は、「アートはどうやってつくるのだろう」と自問し続けていました。正直、その答えはまったく分かりませんでした。ただ、建築のことなら分かっていました。そこで、建築のプロセスや考え方をそのままアートに応用しようと決めたのです。
このアプローチは今でも私の中に根付いています。建築を学んだときの方法論や構造をそのまま作品制作に活かしているのです。私にとって建築とアートは切り離せない存在です。今でもアーティストとして活動しながら、考え方や仕事の進め方の中に、建築の影響を感じる瞬間がたくさんあります。
私はチリで生まれ育ちました。若い頃、ピノチェトによる軍事クーデターを経験し、彼の政権下での生活を余儀なくされました。検閲や弾圧などが日常化し、厳しい統制が敷かれた軍事独裁の時代です。その生活は想像を絶するほど辛く、困難に満ちていました。「この国を離れたい」という思いが心の中に強く芽生えたのも無理はありません。でも、まずは学業を終えることが最優先だと考えました。教育を修了するまではチリに残る決意を固め、建築の学位を取得した後、ようやくチリを離れることができました。
その後、1980年代初頭、私はニューヨークへと拠点を移しました。なぜニューヨークを選んだのかというと、当時のニューヨークは世界のアートの中心地だったからです。アーティストを目指していた私にとって、自分が進むべき場所だと思えたのです。ニューヨークでの生活は長く続きました。そこを拠点に活動を広げ、多くの経験を積むことができました。
しかし、現在私はニューヨークを離れ、ポルトガルのリスボンに移住しています。その理由はシンプルですが、私にとってはとても大きな決断でした。それは、ファシズム(全体主義)の台頭を感じ取ったからです。かつて、ファシズム政権下のチリを離れる決意をしたのと同様に、アメリカでトランプ政権が台頭するのを目の当たりにして、再び「ここを去らなければならない」と感じたのです。そして1年前、私はリスボンでの新しい生活を始めました。
現在、東京オペラシティ アートギャラリーで「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」という大規模な展覧会を開催しています。それに合わせて、SCAI THE BATHHOUSEが、六本木にあるSCAI PIRAMIDEで「アルフレド・ジャー 和田礼治郎」という展覧会を企画してくれました。和田礼治郎さんも私も、SCAI THE BATHHOUSEに所属していることもあって、以前から親しくさせていただいています。お互いリスペクトし合い、素晴らしい関係を築いてきた間柄です。こうしたつながりがあったからこそ、「二人展をやってみよう」というアイデアはごく自然に生まれました。展覧会の準備では、和田さんと一緒に「何ができるか」をじっくり話し合い、アイデアを共有しながら形にしていきました。そのプロセス自体がとても刺激的で、貴重な経験となりました。このようにして、二人展が実現したのです。
アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち
アルフレド・ジャー氏の1970年代の初期作品から作家活動を代表する作品、また、展覧会のために制作された新作が登場。作家が半生を振り返りながら構成した作品を通じて、鑑賞者が世界と自分自身、アートの力と向き合う機会を創出しています。2026年3月29日まで開催中。
画像:展示風景画像 Photo: 木奥惠三
六本木での展示は、東京オペラシティ アートギャラリーでの展覧会とは全く異なるものにしたいと考えました。今回は、和田さんとの「対話」を生み出すことに焦点を当てた展覧会にしたかったのです。そこで、和田さんが抽象彫刻家として追求している「抽象」というテーマに取り組むことにしました。
和田さんの作品に応える形で、私は彼の彫刻が持つミニマリズムに直接向き合う作品を制作しました。彼のアプローチと私のアプローチ、その二つの間に対話が生まれるような作品を目指したのです。
対岸に厳島神社が見える場所で育った経験や、自然の中に神の存在を見いだす日本人的な感覚。それらが制作の根幹にあり、糸を撚るという行為自体が、祈りに通じているのでは、と思っているんです。
アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち
SCAI PIRAMIDEにて開催中のアルフレド・ジャーと和田礼治郎による二人展。本展のために制作された新作で構成されており、ジャーによる東京オペラシティの個展「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」と和田の参加する「六本木クロッシング : 時間は過ぎ去る 私たちは永遠」とあわせて鑑賞したい。2026年4月18日まで開催。
画像:アルフレド・ジャー《Tonight No Poetry Will Serve》2023 / 2025、ネオン、15 x 300 cm
協力:SCAI THE BATHHOUSE
https://6mirai.tokyo-midtown.com/event/alfredo_jaar_reijiro_wada/
壁に均等に並べられた4つの黒い額縁による《1+1+1+1》というインスタレーション作品では、アートを制作する3つの異なるアプローチを提示しています。それぞれのフレームが、異なるアートの在り方を象徴しています。
1つ目は、黒い額縁に黒い背景のパネルです。この額縁は、私たちが現在生きている「非常に暗い時代」を象徴しています。今、世界は混乱に陥っていますーー 戦争やジェノサイド、不安定な環境が私たちの生活を支配しているのです。未来はますます予測不可能になり、グリーンランドや台湾を巡る新たな紛争がいつ勃発するのかも分かりません。何が起きるか、誰にも予測できない状況です。例えば、トランプがベネズエラに侵攻し、大統領を拉致した出来事。そのような予測不能な出来事が現実として起こり、そして誰もそれを止められないのではないかと感じるのです。これが、私が「暗い時代」に生きていると考える理由です。
2つ目は完全に空っぽな額縁です。何も示唆せず、ただ現実を切り取るだけのアートです。これは受動的なアートであり、現実をそのまま提示するだけで、行動を喚起したり、社会に変革をもたらしたりすることはありません。その隣のフレームは入れ子状に繰り返す視覚構造になっていますーー フレームの中にさらにフレームがあり、その中にまたフレームが続いていく。これは「アートのためのアート」を象徴しています。現実の世界から切り離され、純粋に自己言及的で装飾的なアートです。美しさだけを追求し、世界の問題や真実に目を向けようとはしない。このようなアートは「芸術」というよりも、むしろ「装飾」に近いと私は考えています。
そして最後のフレームには、鏡がはめこまれています。このフレームこそ、私が最も興味を抱くアートの形ですーー 現実を反映するアート。このタイプのアートは、外の世界と関わり合いながら、社会の複雑さや葛藤、そして真実を映し出します。
このように、《1+1+1+1》はアートを制作する3つの方法論を提示しているのですーー 現実をフレームに収めるか、現実を無視するか、あるいはそれを反映するか。この中で私が最も力強いと感じるのは、鏡によるアプローチです。それこそが、アートにおいて最も意味を持ち、影響力のある方法論だと私は信じています。
1+1+1+1
ドクメンタ(1987)で発表した初期作品をもとに本展のために再構成されたジャーの新作。金箔であしらった豪華が額縁に、困難な状況に置かれた子どもたちの写真と鏡が対をなしていた旧作とは異なり、本作では、「美術作品を観るという行為」そのものを問うジェスチャーとして展示されている。
画像:アルフレド・ジャー《1+1+1+1》2025、木、鏡 各150 x 150 x 5 cm
協力:SCAI THE BATHHOUSE
和田さんは、多層的なアプローチで作品を制作するアーティストです。彼の作品は現実をフレーミングするものですが、単に中身のない空白のフレームを使って中立的に現実を切り取るのではありません。和田さんのフレームはその中に「何か」を含んでいますーー それはお酒です。これまでに、彼はワインやウイスキー、さまざまな種類のお酒を使用した作品を制作してきました。今回の作品では、フレームの中にグラッパが収められています。つまり、私たちは単なる空っぽのフレームや単純な現実のフレーミングを見ているのではなく、グラッパという層を通して、言い換えれば「お酒そのものの存在」を通して現実を見ているのです。
さらに、そのミニマルなフレームは、自然ーー「命を失った木」の彫刻によって支えられています。私の作品が政治的、社会的、文化的な現実に焦点を当てているのに対し、和田さんの作品はむしろ自然の視点からアプローチされています。このようにして、私たちの2つの作品はお互いを非常に美しく補完し合っているのです。
PORTAL (2025)
和田による新作。ジャーの作品に呼応するように、天地逆さまに据えられたブロンズ製の枯れた葡萄の木によって支えられているフレーム。2枚の強化ガラスで密閉されたフレームの中には透明なグラッパが流し込まれ、わずかな負圧を生じさせることで、ガラス面を通過する光に微細のたゆみが生んでいる。
画像:和田礼治郎《PORTAL》2025、グラッパ、強化ガラス、真鍮、ステンレス、ブロンズ 、120 x 150 x 40 cm 協力:SCAI THE BATHHOUSE
協力:SCAI THE BATHHOUSE

私の日本でのキャリアにおける最も重要な節目のひとつは、2023年に第11回ヒロシマ賞を記念して広島で開催した大規模な展覧会でした。この展覧会は大きな成功を収め、それがきっかけとなって、東京の美術館で大規模な展覧会を企画しませんか、というお誘いをいただき、喜んでお引き受けしました。
ヒロシマ賞
1989年に広島市によって設立された、平和の促進に貢献したアーティストに授与される賞。2018年には、ジャーが第11回受賞者として選出された。
過去の受賞者には、三宅一生、オノ・ヨーコ、蔡國強、モナ・ハトゥム、などが名をつらねる。ジャーの受賞を記念し、2023年7月22日から10月15日まで広島市現代美術館にて「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」としてジャーの個展が開催され、平和への思いを表現した作品を展示した。
東京オペラシティ アートギャラリーでの展覧会「あなたと私、そして世界のすべての人たち」は、回顧展ではなく、あらためて一連の作品を選定・編集したアンソロジー的な展示です。私のキャリアのさまざまな時期から厳選された作品を丁寧にキュレーションした内容となっています。展示作品は、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代、さらには2020年代のものまで含まれており、この幅広いコレクションを通じて、私の表現の進化や、何十年にもわたり取り組んできた多様なテーマをご覧いただけます。
この展覧会では、コミッションワークも2作品展示しています。1つ目は広島展のために制作した重要な作品「ヒロシマ、ヒロシマ」で、今回初めて東京で公開されました。2つ目は東京オペラシティ アートギャラリーのために特別に制作した新作「明日は明日の陽が昇る」です。この2作品とあわせて、私のキャリアのさまざまな時代の作品を展示しています。訪れる方々に、私がアーティストとして歩んできた道のりを包括的に感じていただける内容となっています。
今、私が最も懸念している世界的な問題のひとつは、世界のトップ10に数えられるクリティカルミネラル(重要鉱物)が抱える危機的な状況です。私の最新作《The End of the World》は、これらの鉱物をめぐる紛争をテーマにした作品です。ただ、この作品は東京オペラシティでの展覧会では展示されていません。この作品を効果的に展示するためには特殊な展示条件が必要ですが、今回の会場ではそれを満たすことができなかったのです。
《The End of the World》では、これらの鉱物の採掘、それをめぐる支配構造、そして地政学的な問題に焦点を当てています。これらの鉱物は、現代社会を支え、私たちの生活の基盤となる重要な資源でありながら、その一方で紛争や戦争の原因にもなっています。たとえば、プーチンがウクライナに侵攻した理由のひとつとして、ウクライナがヨーロッパに供給されるリチウムの80%を掌握している点が挙げられます。リチウムは、電気自動車のバッテリーなど、私たちの暮らしを支えるさまざまな技術革新に欠かせない資源です。この資源がなければ、これまでの多くの進歩は実現しなかったでしょう。
この作品を通じて私が伝えたいのは、今起きている戦争、そしてこれから起こりうる戦争の多くが、これらの鉱物と深く関係しているということです。これらの資源は、世界の政治を動かし、紛争を引き起こし、そして最終的には人類の未来そのものに影響を及ぼしているのです。
《The End of the World》は、特に鉱物資源をめぐる潜在的な紛争についても探求しています。近い将来起こり得る戦争のひとつが台湾を巡るものです。なぜなら、台湾は世界で唯一、iPhoneやコンピューター、爆弾、飛行機、ドローンなど、あらゆるものに必要なマイクロプロセッサーとマイクロチップを製造している国だからです。これらのマイクロチップの製造にはレアアースを含む多くの鉱物が使用されています。そして、レアアースを世界で最も多く生産しているのが中国です。21世紀を生き抜く上で、レアアースは必要不可欠、と言っても過言ではありません。これがアメリカが台湾を手に入れようとする理由であり、同時に中国がそれを許さない理由です。台湾はこの緊張の中心にあり、次の大きな戦争や紛争を引き起こす可能性があります。
もうひとつの潜在的な戦争の舞台がグリーンランドです。なぜドナルド・トランプがグリーンランドを買おうとしたのでしょうか。彼は安全保障の理由だと主張し、グリーンランドには多くのロシア人や中国人が入り込んでいると言いました。しかし、これは明らかな嘘です。グリーンランドにはロシア人も中国人もいません。戦車も軍隊もボートも、何ひとつ存在しません。それでも、トランプはこの嘘を使ってグリーンランド占領を正当化しようとしました。本当の理由は、残念ながら、地球温暖化によってグリーンランドが溶け始め、大量の鉱物資源、特にレアアースが発見されたからです。トランプはこれらの鉱物資源を必要としているためグリーンランドを手に入れたがる、というのがグリーンランドを占領しようとした本当の理由なのです。
《The End of the World》では、こうした紛争、つまり重要な鉱物資源の採掘と支配をめぐる争いが、いかにして世界的な緊張を引き起こし、戦争の未来を形づくっているかを表現しているのです。
撮影場所:『アルフレド・ジャー 和田礼治郎」(会場:SCAI PIRAMIDE 会期:2026年1月21日~ 4月18日 )
