
恐怖から希望へ、神秘の扉を開くホラー体験。
背筋多分、ホラーは日常に近ければ近いほど怖いんですよ。遠くの山奥で見たこともない化け物が出たと言われるよりも、隣の廊下によくわからないおじさんが立っていると伝えられた方がゾッとしますよね。
佐藤直子うん、怖い(笑)。
背筋小説では街を舞台にしてストーリーを展開することもあります。恐怖は心理的な隔たりが少ない場所でこそ実感されるもので、都市にはそれがいくつも連続して存在している。ホラー表現では、近くにいるはずなのに人混みに紛れて見つけづらい状況や、建物や物の影が数多あるなどの設定が効果的に働くと思います。
西山将貴都市と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、やっぱり人の多さ。地方出身者ならではの意見かもしれませんが、ひとけのない田舎の静けさには慣れているけど、都会の通行人であふれた場所から誰もいない横道へ入って静寂に包まれた瞬間にはなぜかゾッとする。「あ、ホラーが生まれた」って思っちゃう。あと、地元の愛媛で長編ホラー映画《インビジブルハーフ》を撮影していたときに気付いたのですが、ずっと暮らしてきた愛着のある場所でも、見せ方次第で怖い街として演出できるんですよね。
佐藤うんうん、私も、ゲームの中で登場させる街に、生まれ育った盛岡のエッセンスを入れることがあります。以前携わった《SILENT HILL》や《SIREN》では、キャラクターよりも先に、舞台となる町や村をつくり込んでいて。空間のイメージができあがると、その後も組み立てやすくなる。街って、建物ではなく人々の記憶や思いの集積によって築かれているもの。今いる六本木も、どんな人が集い、何を生み出し、去っていくのか。それが街の礎となっていくのかなと思います。
《インビジブルハーフ》
西山将貴さんが初めて監督した長編ホラー映画。19歳で制作し始め、2025年の完成までに6年をかけた労作。西山さんの地元、松山を舞台に、高校生の主人公が見えない恐怖に立ち向かっていく。イギリスの第33回レインダンス映画祭に正式出品、ワールドプレミア上映され、2026年に日本での公開も予定されている。
画像:©Test8 Pictures
佐藤今回、《1999展》の会場となった六本木ミュージアムは街の中でも不思議な空気をまとっていて、とても惹かれたんです。街の中心から少し離れているし、閑静なエリアということも相まって、一体ここはどこだろうと錯覚する瞬間もある。
背筋六本木で何かホラーを軸として面白いことをするとしたら、ホラーと六本木という意外な掛け合わせを逆手にとって、六本木全体を会場にしたホラー体験をやってみるのもおもしろいかもしれませんね。《1999展》に寄せる内容なら、あらゆる建物をプロジェクションマッピングで真っ赤に染めて、都市の滅亡を見せてもいいかも。単純な案ですが(笑)。これまでいろいろなプロジェクションマッピングを鑑賞してきたのですが、もっとクリエイティブにできるのではと常々思っているんですよね。
佐藤わかる! 空間の活かし方やCGそのものの質感とかね。
背筋そうなんですよ。ホラーという括りのもと、街全体を映像で彩って異世界へと誘う。案外、そういう試みは六本木と相性が良いかもしれません。
西山僕は、ディテールからの提案を。東京に暮らし始めてから実感したのですが、街中に情報がたくさんあると、景色を記号的にしか認識できないんですよね。AIで生成された一枚絵みたいに見えちゃう。ここ最近、ずっと六本木ミュージアムに通っていますが、駅からこの建物までの道中で感性が刺激されるものを見つけたことがない。なので、例えば六本木駅にすごく小さくて奇妙な"何か"を置いてみて、その存在に気付いてしまった人だけが怖い思いをするとか。
背筋嫌がらせじゃないですか(笑)。
西山その小さな何かが、駅だけでなく街中のいろんなところにいる。それにみんなが気付き始めてしまった瞬間、どうなるか......。そんな体験型ホラーで街のディテールを見せると、六本木という場所の解像度も上がる気がしませんか。
佐藤いっそのこと、荒廃した六本木を舞台にしたホラーゲームもおもしろいかも。西山もいちばん好きな《The Last of Us》は、文明が崩壊したアメリカを旅するロードムービーのようなホラーゲームなんですが、六本木があんな光景になったら、と想像してしまった。
六本木って、東京のいろんな光と闇が集まった場所じゃないですか。終末を迎えた六本木をゲームの中で堪能した後、生気のある現世のバージョンをもう一度歩いたら、異なる気持ちで愛せるのでは。 そういえば、人類がいなくなった東京を舞台にしたゲームが昔ありました。《TOKYO JUNGLE》っていう。
《The Last of Us》
アメリカのゲーム会社、ノーティードッグによるプレイステーション3用のアクションホラーゲーム。日本では2013年にリリースされた。謎の病原菌によるパンデミックで文明が崩壊した米国を描く。ゲームとしての完成度だけでなく、主人公と少女の旅を描いたストーリーや心理描写も高い評価を得ている。
《TOKYO JUNGLE》
2012年にプレイステーション3用ソフトとして発売されたサバイバルアクションゲーム。主人公は動物で、50種類以上からプレイヤーキャラクターを自由に選べる。当時としては斬新なスタイルが話題になった。誰もいなくなった東京を舞台に生存競争に挑む「サバイバルモード」だけでなく、人類が消えた謎に迫る「ストーリーモード」も収録されているのがユニーク。
背筋懐かしい! 主人公の種類がたくさんあるやつですよね。おもしろいゲームだった。それの方向性なら、六本木で、誰もいない夜のビルに入れるイベントはどうですか? 消灯された施設の中を懐中電灯だけを頼りに歩き回る。それだけで結構楽しいんじゃないかな。お化け的な怖さではなく、さっき佐藤さんが言ったような終末感を味わえると思います。
佐藤リアル"リミナルスペース"だね。
背筋そうそう。日中は人がたくさんいた建物が、夜に静まり返る姿って不気味。このイベントに参加するとしたら、2,000円くらいまでは出しません?
西山その金額なら払いますね。早速、構想を練り始めている(笑)
佐藤やるなら、六本木ヒルズがいちばん怖くなりそう。私、六本木ヒルズに入居している会社に勤めたこともあるのですが、3年も通っていたのによくビルの中で迷っていたんです。なかなか行きたい場所にたどり着けなくて、ダンジョンみたいだなと思っていた。人に聞いたところ、実はあのビルは、何度訪れても新しい発見があるようにとあえてわかりにくい構造になっているらしい。私はワクワクよりも不安が大きかったのですが(笑)。
リミナルスペース
既視感や不気味さを醸す空間を意味するインターネットミーム。もともとは建築用語で、ロビーや廊下、階段など移動に使われる場を指す。リミナルスペース画像には人の気配はなく、日常と非日常の境界を思わせる、超現実的な雰囲気が映し出されている。
背筋私、変な人が好きなんですよ。だから、佐藤さんも西山さんも好きです(笑)。このユニークなふたりは今後どんな活動をするんだろうと、興味津々です。
西山僕個人としては、これから"映画館に映画を見に行く"体験、そして映画というフォーマットの未来を支える活動をしていきたいです。今は配信サービスが便利ですが、それゆえ多くの人が映画館に足を運ばなくなりました。その一方、SNSで流れてくる短尺動画で満足してしまう人が増えている。2時間でひとつの大きな体験が得られる映画の価値を感じようとしないんですよね。この価値を伝えるには何をしなければならないんだろうと考えています。
背筋立派すぎてずるい!
佐藤私はバミューダ3のこれからを悩んでばかりいるのに(笑)。
背筋ユニットとしては、あまりジャンルにこだわらず、いろいろやっていきたいなという相談をしている段階ですよね。
佐藤うん。《1999展》は本当に良いチャレンジでした。この3人だからこそのシナジーが生まれて。展示に関してはみんな素人だし、フォーマットにならうなんてお行儀のいいことをまったくしなかった。だから、新しい展覧会の形を生み出せたのかなと思います。また、制作に参加してくれた皆さんが信じられない熱量で空間をつくりあげてくれた上、私たちでは思いつかないアイデアを出してくれることもありました。本当に、関わってくれた展覧会のプロの方々の座組みが奇跡のようで、バミューダ3をバミューダ∞に改名しようかと思ったくらい。
西山僕らが共通項としているゲーム、そしておのおのが得意分野とする脚本、小説、映画。それらすべてが関わる領域で活動するのがバミューダ3らしいし、ジャンルを超えたコラボレーションにいちばんワクワクしますよね。そのアウトプット形態が今回は展示だった。未来には、また別の形に進化しているかもしれません。
佐藤最後にさらりとかっこよくまとめたね(笑)。
撮影場所:『1999展 ―存在しないあの日の記憶―』(会場:六本木ミュージアム 会期:2025年7月11日~9月27日)
取材を終えて......
インタビューを終えて電車に乗り込み、《1999展》で配られた背筋さんの短編小説を開く。読み終わってふと車窓を眺めたら、現実の景色が美しく見えました。それぞれに目覚ましく活躍する3人によるユニットバミューダ3。笑いの絶えないインタビューで、仲の良さがひたすら眩しかったです。言葉の端々からお互いへの信頼と尊敬が感じられ、チームの磐石さのありかを垣間見ることができました。誰も耳にしたことのなかった、ホラークリエイターユニットというジャンル。その新鮮さからは可能性しか感じられず、これからどんな心を熱くするクリエイティブを生み出してくれるのか、楽しみでなりません。(text_shoko ema)