
建築的な視点で衣服を捉え、ものづくりに向き合う。
10年勤務した三宅デザイン事務所では「イッセイ ミヤケ メン」のデザイナーを6年勤め、2020年に自身が手掛ける「CFCL」を立ち上げた高橋悠介さん。伸縮性に富んだニットの特性を活かしエレガントな美しさと快適性を宿したデザインは、瞬く間に世界に広がっていきました。3月には、ブランド5周年を記念した展覧会の開催や『Tokyo Creative Salon』と連携した六本木・渋谷エリアでのインスタレーションも実施され、高橋さんのクリエイティブにもさらに注目が集まります。「CFCL」のスタートから5年を迎える今、ブランドの現在地やグローバルな展開に向けたビジョンや課題、ものづくりをする上で大切にしていることなどを語っていただきました。
Tokyo Creative Salon 2025(TCS 2025)
「Tokyo Creative Salon 2025」は、2025年3月13日(木)~3月23日(日)にわたり、東京を代表する10のエリア(丸の内、日本橋、銀座、有楽町、赤坂、渋谷、原宿、羽田、六本木、新宿)を中心に開催されている。
「Tokyo Creative Salon(TCS)」とは?
毎年3月、桜咲く東京を舞台に開催する年に⼀度のクリエイティブの祭典。ファッション・デザイン・クラフト・サステナブルなど多彩なジャンルが集い、東京から日本のクリエイティブの魅力を世界へと発信する。TCSのミッションは、日本の創造力をより良い世界へとつなげること。「伝統をつないできた技」や「新技術(デジタル・サステナビリティ)」、日常に新しい視点を加えたアイデアを世界に届け、東京・日本の都市としての価値向上を目指している。
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CFCLのブランド名は「Clothing For Contemporary Life(現代生活のための衣服)」の頭文字です。ニットウエアでありながら自宅で簡単に手入れができ、日常使いから特別なオケージョンまで対応できる洗練されたデザインを、コンピュータープログラミングの技術を駆使して生み出しています。"ニット"は、セーターなどのカジュアルウエアを編むものとして広く浸透しているので、通常のアパレルブランドでは、わざわざニットでジャケットやシャツ、ドレスをつくろうとは考えません。そこに面白みがあると思っています。
展示会でも、CFCLを知らないバイヤーたちから、「ほかとなんか違うね」と感想をいただくことが多い。ニットウエアに宿る、布帛(ふはく)とは違うテクスチャーが、人間の五感で捉えたときに新鮮に映るのかもしれません。
我々が用いているホールガーメントという製法は、コンピュータープログラミングを用いて糸をセットすれば、3Dプリンターのように服を出力できます。縫い目はほとんどなくストレッチ性に優れているので、タイトフィットなアイテムでも、少ないサイズ展開であらゆる体型に対応が可能。裁断や縫製のプロセスがほぼないため、ゴミが出にくいというのも大きな特徴です。
ホールガーメント
CFCLのニットウエアは、SHIMA SEIKIが独自に開発した世界初のホールガーメント®横編機の技術を中核に据え、無縫製のアイテムが中心。一着丸ごと編み機から直接立体的に編み上げるため、縫い目のない美しい製品が実現できる。
他にも、制作工程の削減によって人件費が高い国や地域でも生産できるという強みがあります。ほとんどのアパレル企業が人件費の課題を抱えていて、賃金の安い工場で生産する形が広がっていますが、ホールガーメントであれば、グローバルサプライチェーンによる産業空洞化の問題も解消できます。担い手が少ないといわれる日本のアパレルや製造業などにとっても、将来性のある製造方法と言えるのではないでしょうか。
ニットウエアをつくる上で最も重要なのは編地の開発です。アイデアを醸成するときは、あるテーマを突き詰めて面白い編地が生まれることもあれば、偶発的に生まれることもあります。プログラマーが間違えてしまったサンプルや、ニット工場に眠っていた何年も前のサンプルがふいに新鮮に見えて「これをこの糸でつくってみよう」「ゲージを変えてみよう」と、発想が広がっていくこともあるんですよね。
「これは袖に使えそうだね」「このテクスチャーでジャケットをつくったら面白いんじゃないか」といった、何気ない会話からアイデアが育つこともあります。2年くらい先を見据えて編地を開発していますが、少し先を見て考えるからこそ、新しい可能性が生まれるのだと思います。
CFCLは今年5周年を迎えますが、ブランドを設立したときに思い描いていた未来と現在地は、大きく離れていないと感じています。設立当初から掲げているのは、クリエイションとサステナビリティ、企業としての成長という3つがバランスよく進化していくこと。そのうちサステナビリティにおいては、2022年7月に日本のアパレルブランドで初めて「B Corp」を取得しました。CFCLではサステナビリティに関する活動を「コンシャスネスレポート」として毎シーズン公開しており、再生・認証素材の使用率や温暖化ガスの測定対象、働く人々の環境や福利厚生など、着実に改善しながら進んでいます。
B Corp(B Corporation)
米国の非営利団体B Labによる国際認証制度「Bコーポレーション」。非常に厳格な評価のもと、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる。従業員の福利厚生や慈善活動、サプライチェーンの慣行、投入資材など、企業の活動内容に関する説明責任や透明性について、B Labが定めた厳しい基準を満たしていることを認定する指標。
クリエイションにおいては、パリ・ファッションウィークにてコレクションを発表するのがひとつの指標でした。2022年にプレゼンテーション枠として参加したあと、2024年秋冬コレクションでは公式カレンダーにて初のランウェイショーを実施しました。今後はメンズコレクションの発表なども視野に入れています。今年1月にはパリにオフィスを開設し、さらに活動を広げていこうと考えています。
店舗展開では、表参道のGYREに旗艦店を構え、東京ミッドタウンや阪急うめだ本店、阪急メンズ大阪にも出店が叶いました。間もなく(※)大阪のうめきたエリアに初の路面店をオープンします(※2025年3月21日)。国内の店舗ではインバウンドのシェアが高く、CFCLを知らずに来店するお客さまも増えている。直営店舗では、パッと見たときに「着てみたい」と感じていただけるようなアプローチができていると実感しています。
CFCL ROPPONGI / CFCL YAESU
東京ミッドタウン、東京ミッドタウン八重洲に店舗を構えるCFCL。高橋さん曰く「表参道や銀座などはラグジュアリーブランドが並んでおり、それは他国に行っても同じ光景です。そうしたなか、東京ミッドタウン八重洲の1階にCFCLが出店できたのはとてもありがたいこと。感謝する気持ちを忘れず、自分たちも成長していきたい」とのこと。
もちろん、一筋縄ではいかない部分もあります。海外ビジネスにおいては、各国の経済状況の影響を受けて苦しむこともあります。ヨーロッパでは、日本でいう伊勢丹のような、フランスの「ル・ボン・マルシェ」やイギリスの「セルフリッジズ」など取引先は順調に増えていますが、グローバルの視点で見れば、我々のビジネスはまだ大きくはありません。たくさんあるスタートアップブランドのひとつから、選ばれるブランドに成長していくことが課題です。
日々、ものづくりをする上で大切にしているのは、衣服を起点に、社会やそこで生活する人々を客観的に見つめる視点を忘れないこと。デザイナーを目指す多くの人は、学生時代にひとまず自分がつくりたいものをつくってみると思いますが、私もその一人でした。しかし、その枠を超えて"社会のために服をつくる"ということを、三宅一生さんのものづくりに対しての姿勢を通じて教わりました。
私の場合、初めからファッションデザイナーを目指していたわけではありませんでした。もともとは祖父の影響もあって建築家になりたいという想いがあり、プロダクトデザイナーやテキスタイルデザイナーなどの可能性を思い描きながら、最終的に三宅デザイン事務所に出会い、今の自分がいます。決め手は、衣服を研究・企画するスタジオでありながらも、プロダクトデザインや素材開発といったファッションの垣根を超えた仕事をできる点が大きかった。そこにフィットできて幸運でしたね。
三宅デザイン事務所
1970年、日本のデザイナーである三宅一生を中心に設立。産地や工場と協働しながら社会性と普遍性を備えた衣服を研究・企画。 自社工房での実験を繰り返しながら、オリジナル素材と革新の技術を生み出し、かつてない方法論をつくり出している。
それから、この職業に向き合ってきたなかで印象に残っている言葉があるんです。21_21 DESIGN SIGHTで「建築家 フランク・ゲーリー展"I Have an Idea"」が開催された際、ゲーリー氏が「アーキテクトというのは、思想がすごく強い。だけど、私がつくっているものはビルディングである。建物をつくっている人にすぎない」といったお話をされていて。それは、そば屋がそばを打つ、パン屋がパンをつくるみたいな感覚かな、と。おいしいそばやパンづくりに徹するなかで、生まれる日々の幸せみたいなものがあると私は考えていて、それを服からもつくり出せると信じています。真剣に向き合うものづくりから、身の回りの人々の生活が豊かになり、幸せな気持ちになっていく......そんな思想が世界に伝播していくといいですよね。
建築家 フランク・ゲーリー展"I Have an Idea"
世界的建築家フランク・ゲーリーの「アイデア」に焦点をあて、5つのセクションでその仕事、そしてひとりの人間としてのゲーリーに迫った企画展。21_21 DESIGN SIGHTで2015年10月16日(金) ~ 2016年2月7日(日)の会期で行われた。
極論を言えば、デザイナーと数人の社員、その家族たちが幸せに暮らしていければいいのかもしれない。でも、私はさらに社会と向き合っていきたいと思うんです。ここ約100年で歴史に名前を刻んだ海外メゾンのデザイナーたちは、服をデザインすることによって社会を変えた。私も「このブランドがあるから社会ってこう変わったよね」と言われるようなものづくりをしていきたいと考えています。
撮影場所:東京ミッドタウン ガレリア