17 椿 昇 (現代美術家)×長嶋りかこ (アートディレクター)

椿昇×長嶋りかこ

現代美術家であり、京都造形芸術大学の美術工芸学科長でもある椿昇さん。そして「ラフォーレ原宿」の年間イメージ広告などを手掛けるアートディレクターの長嶋りかこさん。ふたりへのインタビューは、「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2012」の一環として、芝生広場の特設ステージにて公開で行われました。期間中に設置されていた『Mountain GYM』のてっぺんからは、お隣の桧町公園も見渡せます。ではおふたりに最初の質問です。六本木をデザインとアートの街にするために、椿さん、長嶋さんだったら何をしますか?

update_2012.11.21 / photo_taro hirano / text_tami okano / edit_rhino

感受性を育む大きな森。

アンブレラ・プロジェクト

アンブレラ・プロジェクト
ブルガリア生まれのクリストと、夫人でもあるモロッコ生まれのジャンヌ=クロードによる作品。巨大な青い傘が稲田や山の上、川の中などに広がっている。地域の住民はもちろん、外務省や政治家、財界人までも巻き込んだプロジェクト。

長嶋りかこ私だったら、まずは大きな森をつくりたい。六本木の街の中に、どーんと大きな森を。都市に住んでいると森に触れる機会が少ないと思いますが、森というのは、システムみたいなものでオートマチックに整理しきれないところだと思うんですね。そういう「整理しきれない環境」が小さい頃から身近にあることって、結構大事なんじゃないかと思うんです。そういう場所にいると、もっとアートに対しての感受性も育つんじゃないかと思っていて、だから、デザインとアートの街にするために、まずは森をつくる。

 その森には動物もたくさん住めるようにして、人の手でつくられたものではあるんだけど、今六本木にあるような緑のボリュームよりずっと大きく、もっと動物的な森ができたらいいなと思いました。

椿昇最初に長嶋さんがおっしゃった「整理しきれない環境」というお話が非常に重要だと思うんですね。僕は、アートは基本的に整理しきれないものだと思っていて、アート自体がアーティフィシャルというように、人工的なもの、人間が生み出すもの。自然を受けて僕たちが自然の中に違和感をつくり出していく仕事だと思うんです。

 対談が始まる前に、ちょっとお話しして面白かったのは、長嶋さんが小さい頃にクリスト(クリスト&ジャンヌ=クロード)の「アンブレラ・プロジェクト」を見たことがあるという。それって何歳くらいですか?

長嶋小学3年生だったから、8歳くらいですね。出身が茨城なんですけど、茨城のすっごい田舎の田んぼの中に、彼らの作品がばーっと展開されていた。それまでアートなんて見たことなかったんですけど、初めて「そういうもの」を見たっていう衝撃があって、とても印象に残っています。

椿何で田んぼに巨大な青い傘があるのか、最初はわからなかったでしょう?

長嶋全然わからなかったですね。

椿僕ね、意味なんてわからなくていいと思うんですね。でも、子どものときの「原体験」みたいなものってすごく大きくて、その衝撃がひょっとしたら今日の長嶋さんの青いコートにつながっているかもしれない(笑)。

 意識していないのに、自らの行動パターンまでを規定していくような作品に出会えるかは、非常に重要なことだと思います。アートの街になるということは「人の人生を変えるようなきっかけのある街」になるということでもあって、都市の役割として、それはあっていいと思いますよ。六本木に来ることで、何かを深く学ぶきっかけに出会い、人生が変わる。だから、歴史の流れを超え、普遍化され、人々にずっと語り継がれるようなアートを、都市の中に埋め込んでおく必要はあるんだろうという気はしますね。

長嶋本当にいいアートに出会ったときって、本当にいい本に出会ったときと似ていて、こういうこと言いたかったのかなとか、すごく推測したり想像したりしますよね。こちらの感性も純度を高めておくと、読み取る力もつくというか、作品から受け取れるものがたくさんある。アートも本と同じように、それぞれにちゃんとメッセージがあるわけで、そこから得られるものってやっぱり大きいと思うんです。

ハーブ&ドロシー ©2012 Fine Line Media,Inc.All Rights Reserved.

映画 ハーブ&ドロシー

椿僕は今、世界のアートマーケットの状況は決していいとは思っていません。マーケット自体は拡大して、作品は高くなっているかもしれないけれど、本当の意味で人が強い衝撃を受け、その力がずっと保たれるようなものに出会えるかは、売れる売れないの話ではないと思うんです。でも、有名な作品はほとんど株や証券と同じ。リセールバリューで買われていくことも多い。だから、マーケットでは有名な人の作品か、5万、10万で買える若い子の小さな作品しか売れないんです。中堅やこれから一番大事な作家たちの作品を支える市場は崩壊していて、もうありません。

 そんな非常に偏った状況の中で、歴史に耐えて生き残るアートとの出会いをどうやって作っていくかというのは、たいへん大きな問題なんですね。シリアスなことを言っちゃって申し訳ないんですけど......

 それと、作品の見方として、見る側がもっと謙虚にならなきゃいけないと思うんです。最初から一方的に何かを与えてもらおうという気満々で作品見に行く、それはちょっと卑しいかなと思うんです。「アートは分からん」って言う人がいますが、じゃあ、わかる努力を君はしたのか、と。アートで豊かになる、ということに対して、もうちょっと見る側も責任を持ったほうがいい。

 『ハーブ&ドロシー』という映画をぜひ見ていただきたいのですが、ニューヨークで一介の郵便整理事業をしていたおじさんとその奥さんが買い集めた現代美術のコレクションのお話です。わずかなお給料で集めた作品の中には、ただの鉄板が1枚あるだけみたいな作品もあって、価値の分からないものに、どうやって勇気を持ってお金を出せたり自分を投げ込んだりできたのか。それをぜひ見ていただきたい。

アーカイブに触れられる学びの場。

椿すみません、それで、やっとここからが僕の提案になるんですけど、僕は、長嶋さんがつくる森の中に、小さな学校をつくりたい。先ほどの「アートを見る側の力を高めていく」というためにも、やっぱり教育って必要なんですよ。ちゃんと正しく伝えていかないと、正しく見るということが生きていかないと思う。

 大きな大学ではダメなんです、今までの既存の美術の制度というか、そういうところに入らない「小さな」アートの学校がいい。森の中に植物園もつくって、そこにカフェもあって、毎日誰かが、アートの世界では中心を担うような人がいて、いつもアートの話をしてくれる。いい図書館もあって、冊数は少なくてもいいから僕らがよりすぐった本、建築ならこれだろうとか、絶対これ見ておけよという本が厳選して置いてあって、森の中でゆっくり本が読めて、そのアーカイブに触れられる。

長嶋いいですね。とても。

椿日本は作品をポンと置くんだけど、アーカイブがないんですよね。その作品が出てきたときの資料とかヒストリーがないんです。MoMA(ニューヨーク近代美術館)のように過去のデザインの歴史が学べるデザイン美術館が日本にも必要で、アーカイブによってそれがどのような経緯でつくられたのかを知る場所がないなんて、ばかにされていると思いません?

 イベントばっかりで学ぶ場が用意されてない。さっと見るだけじゃなくて、深く学び、アートに対する民度が上がって、みんなが『ハーブ&ドロシー』みたいになっていくようなプロセスが、今のこの街に欠けているものだと思います。

デザインイベント2012・レポート

Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2012 <Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2012>
今年で6回目の開催となった「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」。"デザインであそぶ"をテーマに、直接手にふれ、遊ぶことが出来る作品が東京ミッドタウン内、各所で展示されました。
オフィシャルサイト

DESIGNTIDE TOKYO 2012 <DESIGNTIDE TOKYO 2012>
インテリアやプロダクトの商材を中心に、幅広い分野のデザイン作品が集まる「DESIGNTIDE TOKYO」。 作家たちが新しい作品を世界に向けて発信する場となっており、メディアからも高い注目を集めています。
オフィシャルサイト

Tokyo Midtown Award 2012 <Tokyo Midtown Award 2012>
次世代を担うアーティストとデザイナーの発掘を目指し、開催されている「Tokyo Midtown Award」。 今年は約1,318件もの作品が集まり、その中から14点の受賞作品が選ばれました。受賞作品は11月25日(日)まで展示されています。
オフィシャルサイト