94 石上純也(建築家)後編

石上純也_メイン画像

ものも建築も、誰でも受け入れられる状態にすることが重要。

『Junya Ishigami, Freeing Architecture』 FREEING ARCHITECTURE

2018年3月30日からパリのカルティエ現代美術財団で開催している個展。6月までの予定だったが好評を博し、9月9日まで会期が延長されることになった。石上さんのアジアとヨーロッパにおける建築プロジェクトから20作品をセレクトし、構想から建築までを記録した映像やドローイング、模型などを展示。本美術財団が、ひとりの建築家を特集するのは初の試み。

KAIT Diorama Map

神奈川工科大学内にある、学生が自由にものづくりを行える工房。まるで森の中に立つ木のように建てられた柱は、石上さんいわく『300本以上の細くて薄い柱がすべての構造を支える。壁はない。一見、ランダムに並べられた柱は、ランダムにみえて、ランダムではない。厳密に計算した結果のあらわれ。いろんな角度から模型で柱の位置を調整し記録する。それをなんども繰り返す。ここにある記録はそういう数え切れないほどのスタディのひとつ』。石上さんにとっては、独立後、初となる建築であり、その斬新で柔軟な発想が認められ、建築学賞とBCS賞を受賞。
KAIT Workshop
© junya.ishigami+associates

 カルティエ現代美術財団での『Junya Ishigami, Freeing Architecture』でも展示しているいくつかの作品も、ある意味唐突に見えるかもしれませんが、それは、それぞれのプロジェクトのコンテクストを理解していないから。それぞれをよく眺め、プロジェクトが理解できたときには、とても自然で当たり前のことのように感じるはずです。不自然にも見えるようなとても強い考え方を、できる限り自然に、誰でも受け入れられるようなものにしていく過程は、僕の中ではとても重要で、作業の大半のエネルギーはその部分に使われています。たとえば、神奈川工科大学の『KAIT工房』。これはたくさんの細くて薄い柱によって構造も空間も同時に生み出そうと考えたプロジェクトです。

 しかしながら、たくさんの柱で建築を計画するというアイデアなのに、できあがった空間に入ったときに柱が邪魔で鬱陶しいと感じてしまったら元も子もありません。だからここでは、どれだけ少ない柱で、柱が多いという表現ができるかを真剣に考えました。柱が多いというメリットを保つことのできる、最低限の柱の本数が何本かを探りました。写真で空間の雰囲気をみると多いと感じるかもしれませんが、実際に入ると、不思議と柱の存在感はすうっと消えていくように感じると思います。

 どんなに極端なものも、誰でも受け入れられる状態にすることが重要なんです。もっと簡単に言うと、パソコンや携帯もそう。気づいたらみんなが当たり前に自然と持っていた。そうやって、いつの間にかフィットしているものをつくるって簡単ではないかもしれませんが、ひと晩で全く異なる世界をつくりだすような革命的な変化をあたえる強制的な力よりは、いつの間にかみんなから受け入れられている「浸透力」のほうが、現代においては強いように思うのです。強力な浸透力をもった透明な価値観は、多くの人が触れる建築を考えるときには、とても重要な価値観のような気がしています。

街、場所、建物の持っている可能性を最大限に引き上げることが建築の役割。

モスクワ科学技術博物館 FREEING ARCHITECTURE

増改築プロジェクトのコンペティションで石上さんの案が採用され、2016年に完成。「公園のような美術館」をコンセプトに、地域の人々に開かれたパブリックスペースをつくり上げた。なかでも、透明の屋根を持つ「ミュージアムパーク」を地下に展開し、周辺環境と一体化させた石上さんらしいアイデアは多くの人を驚かせた。
Polytechnic Museum
© junya.ishigami+associates

 ロシアで『モスクワ科学技術博物館』の増改築をやらせてもらいましたが、歴史的建造物なので建物を壊しちゃいけないんです。建物を残す、ポテンシャルを保つ上では、既存の建造物を生かすことがとても有効ですが、それゆえの難しさもありました。たとえば、建物の上から新しいものを被せて覆ってしまうような取ってつけたリノベーションなら、法律的には通しやすいんです。新しく覆った外を壊せば、もともとの建物に戻るから。でも、それだと建物の見た目も雰囲気もまったく変わってしまって台なし。その建物がもともと備える雰囲気などよりも、ハードとして、躯体が傷なく残ることのほうが重要なのです。

 それはもちろんそうなのかもしれませんが、古い建物をどうやってその雰囲気を保ちつつその可能性を引き上げていくことができるか、現代の価値観に合わせつつ古い雰囲気を残すことができるか、そういうことを本当は真剣に考えなければならないと思うのです。このプロジェクトでは、そのような価値観のひとつの解答として提案したつもりです。もともとあるものに手を付けずに大切に保存することは大事ですが、それ以上にその街、場所、建物の持っている可能性を最大限に引き上げ、現代においてもそれらの歴史性や場所性をちゃんと僕たちの感覚をもって体感できるようにしていくことが、建築家の役割だと思うんです。

 現実の世界で、その現実の可能性を更に高めていくことこそが、建築の可能性だと思っています。パソコンや携帯があれば、場所や時間に関係なく、いろいろできてしまう時代です。そのなかで、建築の役割は、その場所でその時にしかできないサイトスペシフィックなポテンシャルを高めることです。建築は動くことができません。動けないからこそ、そこに生まれる可能性についてこれからも考えていきたいです。

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取材を終えて......
2017年の21_21 DESIGN SIGHT『「そこまでやるか」壮大なプロジェクト展』、2018年の森美術館『建築展』と、2年連続六本木で展示を行うことになった石上さん。事務所も六本木に構え、さぞかし六本木のグルメ事情にも詳しいのかと思いきや、実はあまり六本木で食事をすることはないのだとか。「好きなバーはあるんですけどね」と話す石上さん。イメージ通りのスマートでおしゃれな方でした。(text_nana okamoto)

石上純也 / 建築家
1974 年神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科建築科修士課程修了。妹島和世建築設計事務所を経て、2004 年、石上純也建築設計事務所設立。日本建築学会賞、第 12 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞など多数受賞。
http://jnyi.jp