87 新海誠(アニメーション映画監督)前編

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街を歩きながら生活の断片に目を向ける。

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新海監督が監督・脚本・演出・作画・編集などをほぼひとりで行った、25分のフルデジタルアニメーションで、記念すべき商業デビュー作。国連宇宙軍のメンバーとして宇宙に旅立った少女と、地球で普通の高校に進学した少年による超遠距離恋愛を描いたSF作品。2002年2月、ミニシアター「下北沢トリウッド」で公開された。

 物語の舞台を探すような目で東京の街を歩くことはあまりなく、どちらかというと生活の断片のようなディテールのほうが気になります。たとえば都バスに傘の忘れ物が意外に多くあったり、バス停そのものはきれいにデザインされたりしているんだけど、交通規制の看板が立てかけられていて、想定していたバス停の美しさとは少し違うものになってしまっている感じとか。人々の営みによって、風景がちょっとずつ変化しているのを見つけるのは楽しいし、アニメを作るときはそういう要素が大事になってくるんです。

 人が生活している街であることを映像から感じ取ってもらうためには、モデルハウスみたいに整然としているよりも、傘の忘れ物もあったほうがいいし、ときには空き缶が捨てられていたほうがいい。だから普段街を歩いていても、そういうところに自然と目が向いてしまうんでしょうね。

 僕の作品に新宿エリアが多く出てくるのは、新宿周辺に長いこと住んでいるという単純な理由が大きいです。上京した1992年は、東京都庁が今の場所に移転したばかりだったこともあり、新宿は今よりもう少し華やかな雰囲気でした。六本木は当時から夜の繁華街といったイメージで、大人が行く街でしたね。六本木ヒルズができてだいぶ変わった気はしますけど、六本木がどんどん盛り上がっていく時代は、僕がアニメーション制作を始め、『ほしのこえ』を作っていた時期とちょっと重なっているんです。それもあって当時の僕は、いろんな街に積極的に出かけるようなモードになかなかなれず、自分の中にあるものをなんとか出そうと必死になっていたので、あまり外に目が向いていなかったような気がします。

六本木の風景が持っている強さ。

 東京ミッドタウンも六本木ヒルズもそうですけど、六本木の街には建築物のおもしろさがありますよね。デザインとして優れているから、映像映えもする。画面に入ってくるだけで一段高級にしてもらえるというか、実在感を出しながら画面を引き締めてくれるのは、六本木の風景が持っている強さだと思います。しかも東京の風景として多くの人が思い浮かべるイメージと、かなり重なりそうですしね。六本木ヒルズと東京タワーがフレームの中に同時に入ることで、今の東京なのだと見る人もすぐにわかりますから。

 ただ、東京を舞台に描くと、作る側としては何倍も大変になるんです。東京は街並みやビル群など情報量が多いから、どこを切り取っても複雑なものが絶対にフレームに入るじゃないですか。その点、海辺の町や山とかだったら、もう少しシンプルに絵作りができるんですけど、東京はまったく手が抜けない。

 たとえばビルひとつ取っても、四角い箱を描けばいいわけではなくて、ひとつひとつ窓を描きますよね。子どもだったら、窓を空色に塗っておしまいだけど、実際そんなふうに見える窓はまずなくて、その奥にはオフィスの蛍光灯が見えるわけです。そういうところまできちんと描いていかないと実在感のある絵にならないので、作業的にとにかく手間がかかるんです。

 だけど、実写や写真で見ると東京のなんてことのない風景なのに、絵にして初めてその良さに気づくこともあるんです。それこそ、人が描く絵の持つ根源的な力だと思うし、アニメーションの強さのひとつですよね。

 風景を絵にするときは、写真をそのままトレスするのではなく、見る人が気づかない部分でいろんなことを省略もするし、逆にディテールを足したりもします。たとえば六本木の風景を見るとき、僕たちはすべてを忠実に見ているのではなく、存在感そのものを見て、一瞬にして六本木の街だと判別できるじゃないですか。アニメーションの1カットは、平均すると4秒しか映らないので、写真のようにすべて細かい絵だと目がディテールを追ってしまって、話が入りにくくなってしまう。だからかなり省略しているんだけど、そうは見えないようにもして、物語が同時に入ってくるようなすき間を絵に持たせるんです。

 それはたぶん、現実の風景を見るときに誰もが頭のなかで自然とやっていることであって、僕たちは肉眼で見ている街の印象をアニメーションに再現しようとしているんです。

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新海誠 / アニメーション映画監督
1973年、長野県生まれ。02年、個人で制作した短編作品『ほしのこえ』でデビュー。同作品は、新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」をはじめ多数の賞を受賞。04年公開の初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』では、第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞。07年公開の『秒速5センチメートル』で、アジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアのフューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞。11年に全国公開された『星を追う子ども』では、これまでとは違う新たな作品世界を展開、第八回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞受賞。13年に公開された『言の葉の庭』では、ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞した。同年、信毎選賞受賞。16年に公開された『君の名は。』は邦画興行収入歴代2位となる、空前のヒットを記録。次世代の監督として、国内外で高い評価と支持を受けている。