70 内藤廣(建築家)後編

内藤廣(建築家)

巨大プロジェクトだけで終わるか、「やっぱり六本木」となるか。

渋谷ジァン・ジァン
1969年から2000年まで、渋谷公園通り・山手教会地下にあった小劇場。デビュー前の井上陽水、荒井由実、中島みゆきなどが出演するなど、収容観客数200人未満ながら、音楽や演劇をはじめさまざまな文化を発信していた。

 もちろん、大型開発が悪いかというとそうも言えない部分はあるけれど、歴史的な変遷もふまえて、次のステージを考える時期にようやくきたかな、と。六本木がこのまま巨大プロジェクトだけの街になって終わっていくのか、そのまわりに面白い街が広がっていて、何かといえば「やっぱり六本木行かなきゃ」って場所になれるのか、今はその分かれ道。

 これから先、六本木をどんな街にしていくか、それこそ、この未来会議のようにみんなで考えていかなければいけないと思うんです。

 僕がずっと関わっている渋谷もまさに同じ状況で、今やろうとしているのは、ストリート文化をサポートすること。渋谷には、かつて「渋谷ジァン・ジァン」という小劇場がありました。大きな商業施設と比べれば不動産価値なんかほぼないに等しいくらい小さな空間でしたが、本当に濃い文化を発信していた。渋谷の連中とは、そういう場所がまたできないか、っていう話をしています。

大型開発より中小の開発のほうがはるかに難しい。

 渋谷はストリート文化、じゃあ六本木には何があればいいのかといえば、やっぱり「小さい粒」。大きい粒はもうつくったし、これから先も大型開発がいくつも予定されている。言葉は悪いけれど、大型開発は誰でもできます。もちろん地権者をまとめるのは大変だけど、あとはフロアの金勘定をやって積み上げればいいだけ。難しいのは中小の開発、そのほうがはるかに難易度が高いんです。

 僕がずっと提案しているのは、たとえば東京ミッドタウンみたいな超高層を建てたら、ちょっと離れた場所に採算抜きで面白い場所をつくられなればいけない、というルール。(今、僕が食べているパスタに入っている)このグリーンピースくらいのものでいい。大したお金じゃないんだから、巨大開発をする代わりに投資してもいいんじゃないかって。

採算抜き、小さな"グリーンピース"をつくろう。

 もしかするとライブハウスかもしれないし、ギャラリーかもしれない。常に最先端で一番とんがった文化が吹き出している場所があって、若い世代を惹きつける。すると、巨大な商業施設にやってきたお兄ちゃんやお姉ちゃんが、そこまでテロテロ歩く。イベントが終わったら飯を食わなくちゃいけないってことで、飲食店ができたり、超高層に入っても仕方ないと思っているIT系の企業が移ってきたり。街って本来、そうやってできていくんですよ。

 個人的には六本木は、女の子ひとりでは歩けないみたいな裏通りが面白い。でも行政側はそんなことは言えないし、意図的にもつくれない。だから見て見ぬふりをして、なるべく排除しないのがいいですね。六本木には今、そんな裏通りとたくさんのグリーンピースがほしい。

 今日は「土木的な視点から、未来の六本木についてのアイデアを」って言われていたんだけど、こんな話でいいんでしたっけ?(笑)

前編はこちら

取材を終えて......
WAVEの話は、これまでのクリエイターインタビューにも何度も登場していますが、まさか名付け親に出会えるとは......。この日の取材は、「土木展」プレスプレビューの合間を縫って、ランチをとりながら。土木展の様子はブログでもレポートしています。ぜひご覧ください。(edit_kentaro inoue)

内藤廣
建築家
1950年神奈川県横浜に生まれる。早稲田大学理工学部建築学科、同大学院修士課程修了後、フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所(スペイン・マドリッド)、菊竹清訓建築設計事務所勤務をへて、1981年内藤廣建築設計事務所を設立。2001年東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学助教授、2002〜11年同学研究科社会基盤学教授、2007〜09年グッドデザイン賞 審査委員長、2010〜11年東京大学副学長、2011〜東京大学名誉教授。