17 椿 昇 (現代美術家)×長嶋りかこ (アートディレクター)

椿昇×長嶋りかこ

何もないけれど、ものすごく、ある。

椿昇 2004-2009:GOLD/WHITE/BLACK

椿昇 2004-2009:GOLD/WHITE/BLACK
2009年に京都国立近代美術館にて行われた、椿氏の展覧会。世界各地の鉱山跡地を取材した写真、異文化における犠牲祭の記録映像など、美術と社会との関係を問い直す衝撃的な作品が並んだ。

長嶋好きな街はどこかと聞かれると、私はやっぱり、実家のある場所が好きなんです。茨城県のめちゃめちゃ田舎で、高校生までいたんですけど、街灯もなければ、信号は一応2つぐらいあったかな、みたいな。カーナビで見ると線が1本しかない(笑)。でも、東京に住んでいて思うんですけど、本当にすべての感覚がその場所に凝縮されていて、今、実家で過ごした感覚を思い出せなくなることの方が怖い。何にもないんですけど、いろんなことが、ものすごく、ある。

 たとえば、闇を歩くと、暗くて怖いと思うじゃないですか。でも、月夜ってすごい明るくて、月があればちゃんと自分の影も見えるし、怖くない。都会にいるとそういうのってわからなくなるけれど、田舎にいると身体感覚が研ぎ澄まされるというか、季節の変わり目にも敏感になるし、湿気だったり匂いだったり、風だったり音の感覚にも敏感になる。自分は結局、地球の欠片なんだな、とか、自然の欠片だということを日々感じられる場所って、やっぱりいいなあ、と思うんです。

椿僕は海外もあちこち行きましたが、記憶に残ってるのはアメリカですね。始めての国際展で、右も左もわからないときにスラムに泊まったんです。そこで知人とメキシコ行こうぜ、ということになって、ホンダのぼろぼろの車に乗って2人でメキシコへ。事情があって途中で戻ってきたんですけど、メキシコ音楽のカセット入れながら、何にもない荒野の海岸辺を、だーっと歌うたいながら走っていたときに、「最高!」と思いましたね。たぶん死ぬときにそのことを思い出すんじゃないかな。

 もうひとつは、2008年ぐらいに京都で大きな展覧会する際、鉱山の写真を撮るため友人を訪ねてコロラドに行ったんですね。ラスベガスから来いというので、レンタカー借りて行ったんですけど、レンタカーでアメリカ大陸を走るというは人生初体験だったんですよ。いい年して、よくそんなバカやったなと思うけど、何とかラスベガス抜けて、一本道にばーっと入ったときに、「キタ!」と思いましたね。周りに何もない、アメリカ大陸のすり鉢みたいなところに夕日が差していて、1本しかない道に自分しか走ってないんです。それで絶叫したんです。

 「遅過ぎた!」。

 これは若いときにやっとくべきだった、と。俺の年でレンタカーのヒュンダイに乗ってやることじゃない!って。だから若い人はぜひ一度、1人でアメリカ大陸を車で走ってみてほしい。別次元なんです。たとえば、ネバダの砂漠で、ここから先ガソリンスタンドは200キロありません、と書いてあって、満タンにしとかなきゃどこかでおれはミイラになるなと。たった1人で自然の中で孤独になる経験というのは、何かあるたびに思い出せるし、ちょっと恥ずかしかったりもするけど、いいもんです。

長嶋今の学生たちに聞いたら、あまり海外旅行には行かないらしいですね。でも1回の経験とか、たった1人との出会いが、たとえ一瞬だったとしても、こんなに残るんだ、ということはありますよね。

椿何か特別な経験からもらった特別なエネルギーって、ずっと続くんですよ。小さいエンジン1個なんだけど、ことあるごとに使える。僕なんか、ずっとそれで回ってます。やっぱりそういう「原点」というか、ことあるごとに引き出してくるエネルギーの貯金みたいなものがないと、アートとかデザインって、できないんじゃないかな。

デザインで整理することだけがいいことじゃない。

長嶋私にとってそれは飛行機から見た景色ですね。社会人になって3、4年くらいのときに、オーストラリアのシドニーからエアーズロックに行ったんです。シドニーは都市なので直線的な世界だったのが、離れるにしがたって、線が1本減り、2本減り、同時にどんどん曲線が増えて様々な色が現れて、見えてきたのは「混沌の世界」だったんです。

 そんな場所で数日を過ごし、都市に戻る飛行機の中で見た景色は、当然ながら今度は逆で、ウネウネしたところに1本線が入り、2本線が入り、というふうに整理されていくんですね。それを見ていて、その整理されていく感じが急に怖くなったんです。私だって人間だし動物だから、本当はあのウネウネを持っていたはずだよな、と。それをシステマチックに1本と2本と整理しきれるわけがない。その経験が結構強烈に残っているというか、そのとき「無理矢理デザインで整理することだけがいいことじゃない」と思ったんです。

 私、デザインにはふたつの面があると思っていて、ひとつは生きていくための機能するデザイン。それは絶対に必要だと思うんですね。もう一つは、美意識というか、服であれば暖をとるためだけの服ではなくて、「着たい」と思ったり、変だけど好きなんだよね、とか、そういう人間らしさに関わるのも、デザインなんだろうなと思います。

見えなかった中間の世界を「見える化」する。

長嶋仕事を通じて今一番関心のあることは、先ほど出ていた「中間」なんです。デザインで都市と自然の中間を提案できないかと考えているんです。出てくる形としては、もしかしたら服かもしれないし、食事かもしれないし、ちょっとわからないんですけど、デザインって世界観がつくれるじゃないですか、だからある世界観をもって「中間」を提案したら、その世界を待っていたわ、と言ってくれる人たちもきっといるんじゃないかと思って。

椿今見えないものを「見える化」するんですね。僕らは星空見たら、あれがオリオン座だ、とか思うけれど、先入観なく、満天の星空を見たら、自分で好きにつなげるでしょう。星座を自分でデザインしていける。それと同じで長嶋さんの「デザイン」という仕事は、この星、こうつなぐんだ! みたいな、長嶋さんが今までと違う星同士をつないでくれるのを多分みんな待ってるんだと思う。それがパッと見えた瞬間に、今まで見えなかったターゲットとか、見えなかった人たちとか、見えなかったドライブがぐっと出てくるんです。アートと違って、デザインってシステム設計も一緒にできるから、それはとても大きな力だと思います。

長嶋椿さんは?

椿僕はやっぱり教育ですね。日本の芸術系の大学の入学者数はピーク時の6割、その急減ぶりが半端ない。経済がダメになってるというのが一番大きいけれど、芸大行っても就職できないとか、いろんな事情ですごく減っている。でも、今の時代の新しいアートの役割って、実はたくさんあるんです。どちらかというと「コミュニティーデザイン」に近いんですけど、東京の芸術系大学出身の女性が地方に1人行くだけで、街が変わる、という事例がたくさんある。

 芸大生の最大の魅力は、現場力があって、物が作れる。何かを伝えたり表現したりする技術がある。それは、一般大学の経済や法律出た人とは比べようがないですよ。自分でイラスト描いて市の広報物がつくれたりウェブサイトもつくれたりして、しかもかわいい女の子だったりしたら、「こんなデザインしたいんです」と言ったら、役場のおじさんたちもすぐ「いいね」と言う(笑)。

 そういう意味で、芸大の、特に女子は、日本の新しい地域デザインをやれる可能性が山のようにあると思う。なのに毎年10%づつ芸大の入学者数が減るというのは、その可能性が伝えられてないということですよね。長嶋さんのようなロールモデルが少ないのかも。

いっそ、デザインとかアートとか言わずに「長嶋りかこを量産する学校です」って言えばいいのかな。新設・長嶋りかこ量産学部。

長嶋怖いですね(笑)

椿いや、いいと思う。これからはデザインやアートを学んだ優秀な人材が、地方に入っていく時代で、そこには活躍の場があるということを、僕は今、自分のアートの作品とは別に、仕事として一生懸命やってるところです。

取材を終えて......
今回、普段は会議室などで行われている貴重なインタビューを、デザインタッチ最終日にイベントとして初めて公開しました。長嶋さんの「大きな森をつくる」というアイデアに「その森の中にアートスクールを作る」という、対談ならではの掛け合わせた発想がとても面白く、まさにアーティストとアートディレクターという、それぞれの立場での考えの組み立て方が現れていたような気がします。実はハーブ&ドロシーを観ていなかったので、急いで入手します。

椿 昇(つばき・のぼる)
1953年京都市生まれ 現代美術家/京都造形芸術大学美術工芸学科長・教授
1989年:「アゲインスト・ネーチャー」展
1993年:「エマージェンシー」ベニスビエンナーレ・アペルト
2001年:「The Insect World」横浜トリエンナーレ
2003年:「国連少年」展、水戸芸術館個展/2005年:占領下の物語Ⅱ美術担当、マサチューセッツ工科大学レジデンス
2009年:「GOLD/WHITE/BLACK」展、京都国立近代美術館個展
2010年:瀬戸内国際芸術祭で2つのプロジェクト制作。
2011年:「ノスタルジア」展、ソウル、上海。
2012年:「PREHISTORIC_PH」展、霧島アートの森個展。
2013年:瀬戸内芸術祭の醤の里と坂手港地区のディレクションを担当する。

長嶋りかこ(ながしま・りかこ)
アートディレクター、デザイナー。
「ラフォーレ原宿」の年間イメージ広告のアートディレクションをはじめ、ロサンゼルスのプライベートチョコレート「YVAN VALENTIN」のロゴデザイン、ハンドメイドアートストア「BONDO」のブランディングなど、広告をはじめ空間、CI、パッケージデザイン、プロダクト、映像など手がける。また、現代美術家の宮島達男氏との非核アートプロジェクト「PEACE SHADOWPROJECT」や、水の形をした鏡の作品「mizukagami」、SWAROVSKI ×ハローキティにて作品を提供するなど、活動は多岐にわたる。
東京ADC賞、NYADC銀賞、カンヌデザイン部門銀賞はじめ国内外の受賞多数。2013年の10月に銀座グラフィックギャラリーにて個展開催予定。