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2018年12月07日

【六本木と人】no.063 編集者・ライター / 椎根和さん

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六本木で働く・住む人に、街についてのインタビューをし、リレーでつなげる当企画。今回は、「婦人生活」「平凡パンチ」「anan」編集部勤務、「週刊平凡」「popeye」編集長、「日刊ゲンダイ」「Hanako」「Olive」「relax」などの創刊編集長を務められた椎根和さん。1960年代より六本木の変遷を見守ってきた椎根さんの口からは、今の六本木を知るためのヒントが隠されていました。


Q 01

六本木といえば_________。(一言で表すと?)

A
「六本木には未来という言葉は似合わない、あるのは現在だけ」。この言葉に尽きますね。色々な店が次々と"未来"を求めてあらわれては消えていき・・・。この街の、あらゆるところに"現在"があるだけ。

1970年に「anan」が発行されることになり、名アートディレクターであった堀内誠一の「新しい雑誌は、新しい場所でないとできない」の一言から「anan」編集部だけ特別に銀座から六本木に移ってきましたが、当時からこのイメージは変わっていません。

また、この街らしいなと感じたのは学生運動が盛んだったころの六本木ですね。時々、防衛庁本庁檜町庁舎(今の東京ミッドタウンあたりにあった)が学生たちの攻撃目標になって、機動隊と学生が乱闘。機動隊に追いかけられた学生が、裏通りに並んだ民家の食事中の居間を通り道にして逃げたなんていう、スラプスティック映画みたいな話もありました。


Q 02
あなたがオススメする、六本木のベスト3は?(飲食店を含む、あらゆるお店でOK)

A
1位 青山公園
昔は、青山公園の上に米軍が過去にプールとして使っていた場所があって、当時飼っていたアイリッシュ・セッターをそのプール跡地で遊ばせていました。桜の季節には墓地の桜が一望できて、とても綺麗でしたね。あそこにはたくさんの思い出があります。

毎朝犬を散歩させていると、そこでいつも若い男が一人で一生懸命発声練習をしていたんです。「あいうえお」を繰り返したり、逆から読み上げてみたり...。その青年は、のちに新日本プロレスの黄金期を支えた、プロレス実況中継の名アナウンサー、古舘伊知郎でした。

ほかにも、公園のグランドで若い女の子が「エースをねらえ!」のような回転レシーブを繰り返していて。芸能誌の撮影だったのですが、その場にいた編集者に「桜田淳子?」と聞いたら、地面に這いつくばっていた若い女の子から、「違うわよ!私は松田聖子!」と鋭い怒りの声が飛んできた。印象深い場所です。

2位 le ciel
昔、六本木にあったバーです。フランス語の「空」を意味するそのお店には、東京タワーが見えるところにちょうど窓があって、それを見ていると、この窓のために東京タワーを建てたのでは?と思ってしまうほどでした。六本木にはまだ今のように高い建物もなかったので、5階のバーの窓枠はまるで絵画の額縁のようでした。

3位 駐日ラオス大使館
終戦直後くらいから、外観がまったく変わっておらず、六本木を代表する建物の一つであると言えます。本国が不安定な時も、あの建物と門はずっとあの場所にありました。人が出入りしているところも、あまり見たことがないですし、謎に包まれた不思議な政治的空間が広がっているように思いました。

また、現在は南青山に行ってしまいましたがマッカーサー元帥のお抱えシェフであったアントニオ・カンチェミの開いたイタリアンレンストラン「Antonio's」も好きでした。当時、日本に本格イタリアンはまだアントニオしかなく、日本中のお洒落な人々がこぞってそこに集まってきました。

Q 03
六本木にある、お気に入りの景色は?

A
高速道路ができる前の、西麻布交差点の渋谷方面に伸びた、曲がりくねった道の上にひろがった大空です。道路の両脇にはごちゃごちゃしたビルなどもなくて、僕にとってはあの風景が一番好きな"ひらべったい"六本木の姿ですね。

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Q 04

六本木のアフター5の過ごし方は?

A
「Hanako」の編集をしていた頃は、西麻布1丁目の「ル・バル」というお店によく足を運んでいました。そこには大谷君という名バーテンダーがいて、どんな注文でも応えてくれるんです。例えば「雑誌が売れなくて、七転八倒している編集長向けのカクテルを」と注文すると、何も言わず即座に、ぴったりのカクテルを作ってくれるんです。あの人は日本一のバーテンダーでしたね。


Q 05

六本木ならではのリフレッシュ方法は?

A
毎朝13年間続けた、土だらけの青山墓地での犬の散歩でしたね。犬を飼い始めて7年、8年たった頃、大学生風の人から「この犬は僕が幼稚園の時に見た犬と同じ犬ですか?」と聞かれたのは懐かしい思い出ですね。美しい金色の毛並みの愛犬で"西麻布交差点の女王"と呼ばれたほどです。死んでしまった時には、4丁目の住人からたくさんの花輪が届きました。


Q 06
身の回りのお気に入りのデザインは?

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A
コンピュータの出現で、出番がなくなってしまった計算機「手回し計算機」です。何十億という計算はこれで行われ、どこの銀行でもこれを使っていました。「+ - × ÷」を選び、レバーを計算したい数字に合わせてハンドルを回して使います。製造はTIGER CALCULATING MACHINE Co. Ltd.。まだあるかなあ。Made in Japan。


Q 07
六本木をもっと良い街にするには?

A
今ある建物を取り壊さず、つぎ足し、改築していって香港・九龍地区にあった「九龍城砦」のようにしてみてはどうでしょうか?そして、ボートピープルや難民の方に住んでもらい、その国の料理屋などを開いてもらうんです。建物の内部をさらに細分化して、蜂の巣状態にする。世界中の人々に開かれた街になると良いと思います。


Q 08

前回出演した方(徳原さん)とのつながりを教えてください。

A
彼女が務めている街作りの会社に講演に行き、そこで彼女と知り合いました。

no.063
椎根和さん
70代・編集者・ライター
六本木歴54年

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